書評

『中上健次集〈8〉紀伊物語、火まつり』(インスクリプト)

  • 2020/08/10
中上健次集〈8〉紀伊物語、火まつり / 中上 健次
中上健次集〈8〉紀伊物語、火まつり
  • 著者:中上 健次
  • 出版社:インスクリプト
  • 装丁:単行本(395ページ)
  • 発売日:2013-08-01
  • ISBN-10:4900997374
  • ISBN-13:978-4900997370
内容紹介:
紀州サーガの本筋を行く必読長篇二篇
二木島と大島、そして新宮の路地。黒潮洗う土地を舞台に展開される、神さびた宿命の劇。二木島猟銃事件を素材に、時を超えた文学に昇華させた名作「火まつり」、母を訪ねる十九歳の道子の彷徨を軸に路地の終焉を描く「紀伊物語」。熊野灘に響き合う雄篇二つを収録。
作家自身の関連エッセイ、中上紀の書き下ろし解説35枚、解題等収載。片観音二色口絵に著者写真、「火まつり」生原稿掲載。月報48頁付き。

『火まつり』

鉄道の開通によって崩壊が始まり、今は道徳的にも堕落しているばかりか、人々の悪意に満ちた閉鎖的共同体の中で、崩壊劇の終幕ともいうべき事件が起きるという筋立ては、ガルシア=マルケスのマコンドあるいは「町」を舞台とする一連の作品を連想させる。ことに事件の儀式性、時代の変り目という背景、主人公の死の宿命性などは『予告された殺人の記録』と多くの共通点を持つ。にもかかわらず、不均等な章分けやバルガス=リョサの「暴力」を感じさせる文体の使用によって、中上は先行するマルケスの小説を「脱臼」してしまった。このことは、ラテンアメリ力の作家とともにフォークナーに学びながら、独自の世界を創造しようとする中上の、ラジカルな方法意識と関わっている。

主人公の達男は、舞台となる「二木島全体を睥睨するように建った池田の家が何代にも渡って貯えたワル」を体現する人物である。だがそのキャラクターは、浜村龍造のそれではなく、むしろ『千年の愉楽』の貴種、中本の血を引く男たちのそれに近い。崩壊劇の登場人物であると同時にその証言者でもある小悪党、良太との決定的な違いはそこにある。噂によれば、達男は、父親と母親が神仏に何事かを約束して授かった男の子なのだ。神でもないのに禁区で聖なる魚を釣ったり、山の頂上で小便をしてサカキにかけたりと、達男は並の人間にとってのタブーをいともたやすく破っていく。あるいはその好色性はとめどを知らない。にもかかわらず彼の行為には、道徳以前の無垢なところがあり、それはおそらく彼の神秘的な出自と関わっている。たとえば、達男がワルの仲間とともに猿を殺して食い、人々に戦慄を覚えさせる件りがあるが、その行為は、二木島の祭りに伝わる神事と重ね合わされることにより、古代の記憶を甦らせるばかりか、かつては神の替りをするものが切り刻まれたという言い伝えを挿入することで、達男の運命そのものが暗示されることになる。

達男が常人ではない、異種であることを嗅ぎつけているのが、キミコであり、彼を猿のように狩ることを企む良太である。良太には自分がそうする理由が本当には分かっていない。が、実は、彼は「神の替りをする者」としての達男を殺す儀式を、共同体を代表して執り行なうという役目を負わされているのだ。山中で川の水につかりながら、生命を与えてくれた神仏とともに死ぬことを神仏と約東する達男を目撃するのも、良太のその役目故である。禊ぎの最後のプロセスとして火祭りを終えた達男は一族もろとも心中するのだが、これは共同体から神仏が消えることを意味している。つまりこの共同体は、自然の象徴である杉を失なう替りに豚のような人工魚であるハマチを育てて、神仏無き時代を生きていかなければならないのだ。良太が耳にする銃声は、一つの時代の終焉と別の時代の始まりを同時に告げるものではなかったか。

【電子書籍版】
中上健次 電子全集6 『戯曲・シナリオ・小説集』 紀州サーガ / 中上健次
中上健次 電子全集6 『戯曲・シナリオ・小説集』 紀州サーガ
  • 著者:中上健次
  • 出版社:小学館
  • 装丁:Kindle版(0ページ)
  • 発売日:2016-09-16
内容紹介:
小説『火まつり』は、柳町光男監督、北大路欣也、太地喜和子出演の映画『火まつり』のノベライズ版。中上は一九八〇年に三重県熊野市二木島町で、猟銃により一族七人を殺し自殺を図った男をモデルにして『火まつり』の主人公を造型した。作家はこの奇怪な衝動殺人の背景に、地下水族館の誘致問題で波… もっと読む
小説『火まつり』は、柳町光男監督、北大路欣也、太地喜和子出演の映画『火まつり』のノベライズ版。中上は一九八〇年に三重県熊野市二木島町で、猟銃により一族七人を殺し自殺を図った男をモデルにして『火まつり』の主人公を造型した。作家はこの奇怪な衝動殺人の背景に、地下水族館の誘致問題で波立つ過疎の漁村という条件を設定、そこに街から帰ってきた一人の女によって一変する村の空気という要素を加えた。
『日輪の翼』は「路地」の再開発によって、居住地を追われたオバたちが若衆らの改造した大型冷凍トレーラーの荷台に乗せられ、伊勢神宮を皮切りに北は出羽三山、恐山まで聖地巡礼を行いながら、最終目的地である皇居で清掃奉仕に従事する展開。だがどうしたことか、オバらはそこで忽然と姿を消すのだ……。一方、『かなかぬち』は、一九九六年和歌山県の本宮大社旧社地など数カ所で実演された野外劇の脚本。楠木正成と噂される盗賊の首領で、全身が鉄の肌に変身する「かなかぬち」を、父の仇として追跡する姉・弟の物語。この仇に寄り添う女が、略奪された彼らの母であることが判明し、ドラマは大がかりな悲劇の様相を呈する。
特別寄稿として、長女・紀の回想録「家族の道端」(6)、現代作家が語る「中上文学の神髄を語る」(3)青山真治を掲載。
付録:生原稿や原作映画シナリオの他、『日輪の翼』創作ノート等を収録した「特別資料」(5)、お燈まつりや舞台「かなかぬち」でスナップ写真からなる「中上健次 写真館(4)」を収録。

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中上健次集〈8〉紀伊物語、火まつり / 中上 健次
中上健次集〈8〉紀伊物語、火まつり
  • 著者:中上 健次
  • 出版社:インスクリプト
  • 装丁:単行本(395ページ)
  • 発売日:2013-08-01
  • ISBN-10:4900997374
  • ISBN-13:978-4900997370
内容紹介:
紀州サーガの本筋を行く必読長篇二篇
二木島と大島、そして新宮の路地。黒潮洗う土地を舞台に展開される、神さびた宿命の劇。二木島猟銃事件を素材に、時を超えた文学に昇華させた名作「火まつり」、母を訪ねる十九歳の道子の彷徨を軸に路地の終焉を描く「紀伊物語」。熊野灘に響き合う雄篇二つを収録。
作家自身の関連エッセイ、中上紀の書き下ろし解説35枚、解題等収載。片観音二色口絵に著者写真、「火まつり」生原稿掲載。月報48頁付き。

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新潮 1987年7月号

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