本文抜粋

『愛・セックス・結婚の哲学』(名古屋大学出版会)

  • 2024/05/01
愛・セックス・結婚の哲学 / R・ハルワニ
愛・セックス・結婚の哲学
  • 著者:R・ハルワニ
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(572ページ)
  • 発売日:2024-05-01
  • ISBN-10:4815811547
  • ISBN-13:978-4815811549
内容紹介:
フェミニズムやジェンダー論に収斂しない豊かな洞察──。恋愛・セックス・結婚は、なぜ人生で重要とされるのか。多くの人々がエネルギーを注ぐこれら三者と、相互の密な関係性を、明晰な議論とさまざまな具体例によって根底から問い直す、最良の入門書。
恋愛・セックス・結婚は、なぜ人生で重要とされるのか──。レバノン人哲学者ラジャ・ハルワニの著書『愛・セックス・結婚の哲学』の日本語版がこのたび刊行されました。日本ではあまり取り上げられることのないトピックを含め広範な議論をカバーしており、英語圏において定評のある一冊です。今回は「序章」を手がかりに、ハルワニ『愛・セックス・結婚の哲学』のエッセンスをひもといてみましょう。

恋愛、セックス、結婚 その本性と価値を徹底的に考える

この本の三つのテーマは、私たちの人生の決定的に重要な側面です。人々は、この三つすべてを熱意とエネルギーをそそぎこんで追求しています。そしてこの現象は、なぜ人々はそうするのだろうか、という問いへ私たちを誘います。セックスは重要なのだろうか? もし重要だとしたら、それはなぜだろうか? 結婚はなぜ重要なのだろうか? それに何か価値があるのだろうか? もしその答がイエスなら、それはどれほど深い意味でそうなのだろうか? こうした問いは、恋愛やセックスや結婚の特定のケースについてのものではありません。オーランドとセックスするのは価値があることなのか、メリッサと結婚するのはよいことだろうか、という問いとは違うのです。上のような問いは、この三つのテーマが人間性一般に対してもつ価値についてのものなのです。

さて、この三つの問題について、哲学ではこれまでどのようなことが言われているでしょうか?

恋愛

恋愛は人間の生活で重要な場所を占めています(そして、一部の人が考えるような、特定の社会や時代に限定された社会的構築物などではありません──たしかに、恋愛がどれくらい重要だと考えられているかは社会や時代によって違うのですが)。一方で、恋に落ちたという感覚は、とても素敵で幸福感にあふれて強力なものです。恋人といっしょにいる時は、人生で最もすばらしく、また楽しい瞬間です。恋愛は、生涯続く深い親密な交際関係を与えてくれます。恋愛が交際関係を与えてくれることで、恋愛は私たちの人生を構築し、人生に意味と目的を与えてくれます。恋愛は私たちをハッピーにしてくれます。「あなたは私をハッピーにしてくれるから」は、「どうして私を愛してくれるの?」という問いに対する最もよくある答です。恋愛は私たちが自分の人生がうまくいっているかどうかを測る重大な一面です。

しかし、恋愛には醜い面もあります。恋愛の力にとらえられているとき、私たちはそれにとりつかれたようになり、恋人のために、正常な、(普通は)正気の状態ではしないようなことをしてしまいます。目に見えるはっきりした理由もなしに、私たちが恋する相手は世界の中心になってしまい、この感情の嵐のなかで、道徳的な立場や理性を維持できるほど強い人はほとんどいません。恋の情熱が穏やかになると、恋愛は交際関係に近いものになり、だんだん友人関係に似たものになり、それによってロマンチックな恋愛の鋭さを失います。また、恋愛というものが恋人を最優先にし、排他性や、性的な貞操や、家庭生活を要求するものであるかぎり、それは心理的、物理的、感情的、そして社会的な牢獄になりえます。ローラ・キプニスはそれを「家庭的強制収容所」と呼びました。さらに恋愛は、それを拒絶する人、あるいはそれをもたない人を差別するものです。シングルの人は排除されているように感じ、また負け犬であるかのように感じさせられるものです。

このようにして、愛はその価値と反価値をもっています。

セックス(性的活動)

性的欲望や性的活動は私たちに数々の価値あるさまざまなものを与えてくれます。第一に、性的な快楽、特にオーガズムや、魅力的に感じられる人の体との身体的な交渉──見る、触る、味わう、嗅ぐ、聞く──は、すばらしくパワフルな快楽であり感覚です。人々にとってそうした快楽と感覚をうまく求めることはたいへん報いのあることですし、深いところから快楽を与えてくれます。第二に、性的活動においてみられる身体的な親密さは、たいへん強力で積極的な絆になりえます。親密さは、それをセックスを通して肯定し表現することで、人々をむすびつけ、恋におちいらせ、またすでに抱かれている愛を堅いものにしてくれます。第三に、セックスは私たちの生殖手段であり、子供をもつことは重要なことだと考える人々、あるいは人類が存続することはよいことであると信じている人々にとって、性的活動は少なくとも現在のテクノロジーのもとでは欠くことができません。第四に、性的活動は重要な娯楽であり、人々を解放して他のさまざまなものをより容易に追求できるようにしてくれます。性的欲求不満の状態におかれている人は一般には不幸なものです。

しかし、性的欲望と性的活動にはネガティブな面もあります。性的欲望は、対象をモノ化します──それは人々をその身体に還元してしまい、セックスの快楽はしばしばそれが人をモノ化してしまう程度に応じて強いものになります。他者に対する道徳的な配慮が侵入してくることほど、性的な快楽を鈍らせるものはありません。性的欲望は抑圧的かもしれません。それは声高で、しつこく、不快で、邪魔で、強圧的で、自分自身を貶めてしまうものです。また、セックスが含む身体的な親密さは破壊的になることもあります。性的行為のあとに、私たちはおたがいをありのままに見て、二度とその人とセックスしたくないとわかることがあります。性的活動に結びついている傷つきやすさは、諸刃の剣です。それは私たちに新たな自信を吹き込んでくれるかもしれませんが、また私たちを死体だらけの戦場のように、廃墟にしてしまうかもしれません。そして、人類の生存という茶番劇を続けるべきではないと信じる人にとっては──つまり、人間を生み出すことは「生命の奇跡」などであるどころか、避けることもできたであろうにほとんどの場合苦しみに満ちた人生を強いることだと信じる人にとっては──性的な欲望と活動は、そうした道徳的犯罪行為の咎で有罪とならざるをえないものだということになります。生きているなかで私たちはおたがいに、そして人間以外の動物に対して莫大な苦しみを与えていることを思いおこせば、この犯罪行為は吐き気がするほどおそるべきものです。

このように、性的活動は、別の見方をすれば単なる生物学的活動にすぎないものかもしれませんが、それが人間という動物の間で生じる場合には価値と反価値とに満ちたものになるわけです(他の動物の間でもそうかもしれません)。


結婚

結婚は価値のあるものです。それは二人の人間がおたがいに対してもっているコミットメントを公式なものにするからです(もっとも、このコミットメントは、(ポリガミーにおいては)一人が二人以上に対してもつコミットメントや、未来には、あるグループのメンバーがおたがいにもつコミットメントということになるかもしれません)。結婚は世界に対して、配偶者たちは共にあり、おたがいにコミットメントを結んでいるというメッセージを表明することです。結婚は配偶者とその子供たちに対して安定を提供します(もし安定などというものがあればの話ですが)。結婚は国家から人々の老後の世話をする負担をとりのぞき、その仕事を配偶者のものとします(これがおそらく、国家が配偶者に各種の優遇を与えて結婚を推奨する理由のひとつです)。結婚は法的に(そして理想的には)、親密な合一を規制します(あるいは規制するべきだと考えられています)。親密な合一は、たとえ関係が終わったときに女性がひどい目にあうといったことがないように、公正で平等な規制を必要としているからです。

他方、結婚というものが、親密な関係に国家を深く複雑な仕方でかかわらせ、法律や法的規制でとりかこむことになるものであるかぎり、それは常によいものであるとは限りません。離婚は法的手続きの悪夢であり、カップルがいっしょにいるべきではないときにもいっしょにいることを強制されることもあります。また結婚は一部の人を正常であるとするものであり、ある特定の生活形態に人々を拘束します。結婚はまた、シングルの人々に対しては社会的に差別的です。特に、深くおたがいを支え合う関係にあるのに、いまだに国家からのサポートを受けていない人々に対して差別的です──アメリカでは、税控除もなく、ゾーニング住宅区に転入することもできず、入院面会権もなく、移民権もなく、健康保険給付もありません。結婚は(おそらく意図せずしてですが)シングルの人々や、友情関係や、他のケアし合う関係に対して差別的な制度なのです。しかし、結婚制度を正義にかなったものに改革しようとすると、よくわからないものになってしまいます。結婚としての鋭さや特別さがなくなってしまうのです。

恋愛と、セックスと、結婚にまつわるよいことと悪いことに対しては、さまざまな見方があり、またさまざまなアプローチ方法があります。これらのトピックスを徹底的に考え、可能ならば解決したいと願う人は誰でも、哲学的な難問をかかえることになります。

私はこの本で、恋愛、セックス、そして結婚の本性とその価値の両方の問いに目を向けます。それによって、哲学の基本的な問題群を取り扱うことになります。さらに、この二つの問いは連関しているので、概念的な問題を扱うことは規範的な問題を明確にするのに役立ち、またその逆もなりたちます。たとえば、もし恋愛が友情と密接に結びついているのなら、これは私たちがその価値を判断する手助けになります。またもし恋愛に価値があるのなら、これは私たちが、恋愛はしばしば、各種の理由に対して非反応的である──たとえば、xがどんなに見た目がよく道徳的に善良でも、yはxを愛さないことがある──という事実をどう扱うかということに影響を与えるでしょう。

それでは始めることにしましょう。

[書き手]R・ハルワニ(Raja Halwani 1967年生まれのレバノン人哲学者。現代のセックスの哲学を代表する有力な論者の一人。)

[監訳]江口聡(京都女子大学現代社会学部教授)/岡本慎平(広島大学大学院人間社会科学研究科助教)
愛・セックス・結婚の哲学 / R・ハルワニ
愛・セックス・結婚の哲学
  • 著者:R・ハルワニ
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(572ページ)
  • 発売日:2024-05-01
  • ISBN-10:4815811547
  • ISBN-13:978-4815811549
内容紹介:
フェミニズムやジェンダー論に収斂しない豊かな洞察──。恋愛・セックス・結婚は、なぜ人生で重要とされるのか。多くの人々がエネルギーを注ぐこれら三者と、相互の密な関係性を、明晰な議論とさまざまな具体例によって根底から問い直す、最良の入門書。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
名古屋大学出版会の書評/解説/選評
ページトップへ