書評

『夢を与える』(河出書房新社)

  • 2024/04/26
夢を与える / 綿矢 りさ
夢を与える
  • 著者:綿矢 りさ
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(325ページ)
  • 発売日:2012-10-05
  • ISBN-10:4309411789
  • ISBN-13:978-4309411781
内容紹介:
その時、私の人生が崩れていく爆音が聞こえた──チャイルドモデルだった美しい少女・夕子。彼女は、母の念願通り大手事務所に入り、ついにブレイクするのだが……夕子の栄光と失墜の果てを描く初の長編。
たまげた。九月に発売された文芸誌「文學界」「新潮」「群像」の十月号が軒並み好調な売れ行きを示したんだそうな。朝日新聞十月六日夕刊に掲載された記事によれば、〈文芸誌の発行部数は約1万部。少部数ではあるが、それでも複数の雑誌が同時にこれほど売れたのは異例のことだ〉とのこと。記事を読んでも理由はわからないんですが、その波(?)に乗りそうなのが「文藝」冬号なんであります。新芥川賞作家・伊藤たかみの特集なんてどーでもいいとして(てか、仲良しクラブの仲間褒めみたいで気色悪い)、綿矢りさの芥川賞受賞第一作「夢を与える」が掲載されているからなんですの。

文庫版『インストール』用に短い(けれど、傑作!)小説を書き下ろしたとはいえ、たいていの人にとっては『蹴りたい背中』以来三年ぶりとなるこの新作は、夕子(ゆーちゃん)という小さな頃からCM出演をしてきた人気タレントの誕生から凋落までを描いた、現代ニッポン仕様の芸術家小説になっています。トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』、ジョイス『若き日の芸術家の肖像』といった、アーティストとしての自己認識や才能の獲得、成長を描いたビルドゥングスロマンの結構を、日本の芸能なき芸能界に投射した作品なのです。そこには若くしてデビューを果たし、芥川賞受賞によって日本一有名な作家になってしまった綿矢りさ自身の、ここ数年間の思いも――なんていう下世話な誤読を引き出したがっているかのように書かれたこの小説には、①他者が見る自分、②自分が見たい自分、③自らが語る自分が作り物であることを知る自分という三つの自画像のありようが夕子の言動を通して丁寧に描かれています。

〈「“夢を与える”って言ったの。ねえ、この言葉ってきたならしくない?」〉、事務所から「夢を与える女優になりたいです」と言わされ続けてきた夕子は問いかけます。「与える」という高飛車な言い方が決定的におかしいと感じた中学生の夕子は、しかし、ある決定的なスキャンダルを起こした後、こう思うのです。〈裏切った。私は自分の人生を生きたことで多くの人を裏切ったのだ。母の言葉に夕子は長年見つけられなかった真理を、今見つけた気がした。/夢を与えるとは、他人の夢であり続けることなのだ。だから夢を与える側は夢を見てはいけない〉

幼い頃から同一メーカーのCMに出演することで〈ゆーちゃん〉としての成長をお茶の間に提供し続け、〈これから先ずっと、普通の、まじめな、いい子の生活を送〉ることをクライアントと約束し、十八歳かそこらで〈私の場合、技術が上がることよりも、私の人生で何かあったほうがいろんな役が来るんだよ〉なんて、自分を突き放した物言いをするようになる夕子の自意識のありようは、太宰治の自画像小説『人間失格』の語り手のそれを彷彿させます。つまり、これは背景や設定は今風でも、芸術家小説や自画像小説といった近代文学の骨法にそって書かれた存外古風な作品なのです。もちろん「古風」という言葉を批判的に使っているのではありません。むしろ、その逆。『蹴りたい背中』の大ヒットによって若手作家のホープのような位置に据えられてしまった綿矢りさが、三年ぶりの作品でこのような意趣返しを世間にしてみせたことに感心しきりなんであります。

「文藝」同号における保坂和志との対談で高橋源一郎が〈『インストール』と『蹴りたい背中』って、関連性はないと思うんですよ。『蹴りたい背中』が『インストール』の完成型でもないし〉と発言しているけれど、その伝でいえば、今回もまた見事に関連性がない。そこが素晴らしいとわたしは思うのです。

【この書評が収録されている書籍】
ガタスタ屋の矜持 寄らば斬る篇 / 豊崎 由美
ガタスタ屋の矜持 寄らば斬る篇
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:本の雑誌社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(288ページ)
  • 発売日:2012-06-21
  • ISBN-10:486011230X
  • ISBN-13:978-4860112301
内容紹介:
和もの外文問わず厳選82作+その他5作。1500字に詰まった1冊入魂のガタスタ屋の矜持をご覧じろ。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

夢を与える / 綿矢 りさ
夢を与える
  • 著者:綿矢 りさ
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(325ページ)
  • 発売日:2012-10-05
  • ISBN-10:4309411789
  • ISBN-13:978-4309411781
内容紹介:
その時、私の人生が崩れていく爆音が聞こえた──チャイルドモデルだった美しい少女・夕子。彼女は、母の念願通り大手事務所に入り、ついにブレイクするのだが……夕子の栄光と失墜の果てを描く初の長編。

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