戦後の絵本界に流れる「祈りの感覚」
本書は、戦後日本の絵本界を牽引した著者の自叙伝で、『母の友』という雑誌に二〇〇九年から二〇一一年にかけて連載された。大正の終わりに、近江商人の家系に生まれた少年が、母親が読み聞かせてくれる絵本という最初の「ことば体験」を経て、戦争をかいくぐり、ふとした縁から金沢の小さな書店のできたての編集部門に就職し、東京に軸足を移して児童書専門の出版社として時代を作っていく軌跡を、語り口調で書き綴ったエッセイである。
『母の友』という雑誌を創刊し、その付録に絵本をつけるという「冗談半分本気半分のそのアイデア」を形にした『こどものとも』は、一九五六年に創刊されるのだが、その八年後に生まれている評者にとって、『こどものとも』の生んだ名作たちは、そのまま自分のおさないころの読書体験、つまりは自分自身の「ことば体験」そのものだ。
『ぐりとぐら』。『かさじぞう』。『だるまちゃんとてんぐちゃん』。『おおきなかぶ』。
いまも愛され、読み継がれているいくつもの絵本が思い浮かぶ。
本書に触れられているのは、『こどものとも』のラインナップを担う、綺羅(きら)星のような画家たち作家たちのエピソードである。茂田井(もたい)武、赤羽末吉、長新太、寺村輝夫、堀文子、石井桃子、いぬいとみこ、加古里子(さとし)、堀内誠一、松谷みよ子、瀬川康男――。
大正末年に生まれた著者が、大正から昭和初期に出版されていた児童雑誌『コドモノクニ』から大きな影響を受けていたことは、冒頭の、母の読み聞かせエピソードでもわかる。戦前のまだゆったりした時代に、豊かな児童文化の恵みを受けた著者が、いったん戦争で荒廃してしまったものを復興し、アップグレードしていく過程としても読めて興味深い。
ここで、どうしても読み飛ばせないのは、少年時代と青年期・壮年期の間に横たわる、著者にとってのヤングアダルト期、つまりは戦争の時代だ。
ミッドウェー海戦の後に「日本は負けるよ」と予言して、直後に戦死した軍医の兄の存在感が際立つ。「勝つとはどうしたって思えない」「でも負けるとも思えない」、矛盾した感情を抱え、男の子は兵隊になって死ぬと教えられたものが、敗戦で「生きる」ことになった、茫然自失するような体験。
戦後の絵本、児童文化を創っていった人々、終戦を挟んで大人になる体験をした彼らに、共通する感慨だったのだろう。
本文中で、もっとも印象的な一文は「『平和』は、そのころ祈りに近いことばでした。口にすること自体が、祈りになっていた気がします」というものだ。
「子どもの育つ世界は、本当に平和な世界であってほしい」「当時日本の大人はみんな思っていました」「もう本当に、考え方とかそんなことじゃなくて、祈りだな」
たしかに、あのころの絵本、児童文学には、ゆかいな、ナンセンス絵本にすら、色濃くその感覚があったことを思い出す。
海の向こうで戦争が始まり、二十一世紀も戦争の世紀になってしまうのかという漠然とした不安が募るこのごろ、読み直したい、問い直したいのは、この祈りの感覚なのかもしれない。
同時代をともに担った、故・安野光雅のカラー挿画が贅沢な一冊。