大正、そして昭和の戦前、女性に選挙権がない時代、父に、夫に、息子に従って生きるのが当たり前だった時代に、それに抗して自分で自分の人生を切り開いていった少女がいた。
この小説は、大正の初め、福井の農村に生まれた絵子が主人公である。姉や妹は早くとつがされる。嫁にやる側から言えば、「口減らし」であり、嫁を取る側から言えば「労働力の確保」であった。それにしたがわず、絵子は村を出て人絹を織る工女となる。
ひどい搾取も受けたけれど、農村にいては出会えない知識や文化に触れる。中でも意識の高い先輩から貸してもらった「青鞜」という古い雑誌、それに絵子は目を見開かれる。
「青鞜」は明治44年9月に東京は本郷区駒込林町8番地で創刊された、初めての「女性の、女性による、女性のための」雑誌である。主宰者の平塚らいてうらは日本女子大学の卒業生で、女学校も行けず、地方の工場で働いていた絵子とは境遇が違う。創刊号は1000部のこの雑誌が福井の少女のもとに届き、その人生を変えてゆく。
大正の初め、ノルウェイの作家イプセンの「人形の家」が東京で上演された。主人公を演じたのは松井須磨子、これをめぐって、「青鞜」誌上では「可愛がられる人形のような妻として人生を終わるのがいいのか」という論争が起き、同人たちは己が人生を変えてゆく。「新しい女」は酒を飲む、タバコを吸う、マントを着て歩く、吉原に登楼する、とバッシングされ、「青鞜」は風俗壊乱を理由に何度も発禁になった。それでも彼女たちは「習俗打破」を旗印に前へと突き進んだ。
しかしその一見、過激に見える行動が地方の少女を励ましたのだ。親の言うがままに生きる「白い羊」であることをやめ、絵子は一人「黒い羊」であり続ける。そして初めてできた百貨店に転職し、そこで催される少女歌劇の脚本係になっていく。
昭和18年3月18日に福井駅前の繁華街で大火事があり、佐佳枝劇場、だるまや百貨店が焼けた。福井を訪ねた時、私は「フェニックス都市」という言葉を聞いた。台風、洪水、大火、空襲。その度にこの町は不死鳥のように力強くたち上がってきた。決して大勢に順応しない絵子が、その淡い恋が清冽な筆で描かれる。よく調べられた時代背景が、小説を支え、久しぶりに爽やかな読後感を味わった。