薬と甘みの歴史的な出会い
そもそもリキュールとはどんな酒なのか。ビールやワインのような醸造酒とは違う。醸造酒を蒸溜してアルコール度を高めた蒸溜酒(スピリッツ)とも何かが違うようだ。それならカクテルとリキュールの関係は?著者は洋酒全般やカクテルに詳しくない読者にもわかるように、まずリキュールの定義から本書を始める。人類が偶然に発見した醗酵作用から生まれた醸造酒とは異なり、リキュールの誕生には蒸溜という技術の発明とハチミツに代わる甘味としての砂糖(サトウキビ)の獲得と、大航海時代に得られたさまざまなスパイスや果物の発見が関わっていた。おそらくは健康のためにいろいろな薬草を抽出して飲んだ薬酒から始まったリキュールが、現在のように世界中のバーやレストランで食前酒や食後酒として飲まれたり、お洒落なカクテルのフレーバーとして楽しまれるようになったりするまでには、なんとさまざまな出来事があったことか。
本書は十字軍、ルネサンス、大航海時代、フランス革命など多くの歴史的事件を経て21世紀の現代にいたるまでのそれぞれの時点で、リキュールがどのような役割を果たし、また逆にリキュールがどのような影響を受けてきたかを明らかにしている。読者はリキュールの歴史をたどりながら、はからずも世界史上のさまざまな事件に遭遇し、なるほど、これとこれがこう関係してくるのか、などと考えてワクワクしながら読み進むことになるだろう。
それにしても、恥ずかしながら私はリキュールの世界がこれほど広く深いとは知らなかった。ストレートで飲んだことがあるリキュールはイタリアのリモンチェッロだけ(甘くておいしかった)。お菓子作りに使ったことのあるオレンジキュラソーの正体がリキュールだったことも、本書で初めて知った。あとは昔飲んだカクテルに使われていたいくつかのリキュールの名前を挙げられる程度だ。
本書の著者が謝辞に書いているように、リキュールの世界にうっかり入りこむと、不思議の国のアリスのように深いウサギの巣穴にはまってしまうかもしれない。それでも、知らなかったことを知ることはやっぱり楽しい。本書にはそんな楽しみ方もあると思う。ベースとなるアルコールもさまざまで、フレーバーも舌ざわりも多種多様なリキュールのめくるめく世界を、本書で少しでも楽しんでいただけたら幸いだ。
[書き手]伊藤はるみ(翻訳者)