生きてきた軌跡を辿る
ドイツ文学者でエッセイストの池内紀の最新エッセイ集。ドイツ文学者というよりも随想をまとめた色合いが強い。副題の「一つの同時代史」が示す通り、著者の生きてきた軌跡が、飾らない文章で辿り直されている。
ビリヤードの話もウィーンの話も出てくるが、やっぱり巻末の「海辺のカフカ」というエッセイが印象深かった。タイトルはもちろん村上春樹の小説に関係するけれど、そんなこととは無関係に、海辺で撮影されたカフカの写真がエッセイの中に挿入されている。1914年7月のクレジット。はにかんで笑うカフカの写真は、カフカを何より官能的な作家と捉える池内の文章にピタリと符合している。