書評
『渦巻の芸術人類学 死と再生のスパイラル: ケルト・縄文から現代アニメまで』(青土社)
生命の循環への畏怖、敬意、そして執念
つる草が円形あるいは波状のように四方八方に広がる文様は古くから世界各地で親しまれている。日本でも唐草文様として知られる図案は絵画、彫刻、建築から、インテリア、織物、食器にいたるまで日常生活の隅々まで浸透している。花弁や葉やつるなどをかたどった唐草と違って、本書で扱う渦巻文様には曲線や波線、同心円など幾何学図形が多く、渦状の弧線がどこまでもつながっていくのが特徴である。具象化との親和性に乏しく、明確な意味作用からは一定の距離が保たれている。このような特質を持つ渦巻文様はなぜ考案され、表象されたのか。長い歴史のなかで、どのような経緯をたどって変わってきたか。本書はこの図形に隠された古代人のメッセージと、独特の装飾文様に託された人々の思いに迫った。
ヨーロッパの文明は多元的であり、歴史的に複層的な構造を抱えている。私たちが親しんだ近代の西洋文明も、古代ギリシャ・ローマもそのうちの一つに過ぎない。渦巻の意匠に焦点を合わせると、ヨーロッパの芸術や美学の多様性がくっきりと浮かび上がってきた。
ケルト美術研究の火付け役だけに、著者が語ったケルトの渦巻は魅力に満ちたものだ。アイルランドの最古の渦巻は新石器時代の古墳「ニューグレンジ」の羨道(せんどう)入口の巨石に刻まれているが、金工美術ではヨーロッパの鉄器時代にさかのぼる。「ラ・テーヌ様式」と呼ばれる渦巻文様はドナウ川流域、バルカン半島、東ヨーロッパなど欧州の大陸部だけでなく、ブリテン島などの島嶼部(とうしょぶ)で出土した金工美術にも多く見られる。この装飾様式は異教時代からキリスト教中世までのおよそ一三〇〇年にわたって続いたが、中世の初期になると、トリスケルという、きわめて洗練された三つ巴(どもえ)渦巻が登場した。七世紀のアイルランド中部のダロウ修道院で完成した福音書写本『ダロウの書』に、渦巻文様の最高峰と称された「ダロウ・スパイラル」が姿をあらわした。
同じヨーロッパ文明でも著者が挙げた二つの対比は説得力がある。ギリシャ美術は人体表現に片寄っているのに対し、ケルト美術は幾何学模様の豊穣(ほうじょう)の美の追求に徹した。
また、古代ギリシャの美術にも渦巻の意匠がないわけではない。イオニア式建築の柱頭の装飾のような「アルキメデス螺旋(らせん)」が多用されていた。
ただ、「アルキメデス螺旋」や外側にいくほど間隔が狭くなる「放物螺旋」の軌道が予測できる点において「退屈な螺旋」ともいえる。それに対し、「ダロウ・スパイラル」はダイナミックで速度感にあふれている。古典美の秩序を転覆し、生命力の持続を志向する造形思想の表徴になっている。
ヨーロッパの美術史において、ケルト渦巻は近代になるまで知られていなかった。七世紀から九世紀初頭に修道士たちの手によって描かれた文様を伝える写本は十九世紀末に起きたケルト復興運動(リヴァイヴァル)のなかで復刻出版され、アイルランドの独立運動のなかで「ナショナル・アイデンティティ」の象徴にもなった。
その流れは一九二二年、アイルランドの独立とともに受け継がれ、文化アイデンティティの確認と再創造のなかで新たな局面を迎えた。イギリス本島でも、十九世紀後半に起きた「アーツ&クラフツ運動」と相まって、渦巻文様を代表とするケルト装飾は近代的復活を遂げた。
現代におけるケルト渦巻の伝承は映像芸術の領域で新たな可能性を示した。アイルランドのトム・ムーア監督は「ブレンダンとケルズの秘密」をはじめ、「アイルランド民話三部作」を制作し、その第一作はアカデミー賞長編アニメ賞を受賞した。文様と装飾を手掛かりにこの連作アニメ映画を読み解くと、ケルト語文化圏の伝統はいまも人々の心の奥深くで脈動している様子が明らかになった。
世界文明を視野に入れて眺めると、渦巻文様は何もヨーロッパに限ったわけではない。ユーラシア大陸から日本列島にいたるまで、古代の造形表現に遍在している。縄文時代の土器・土偶には渦巻の文様が豊富に施されており、「遮光器土偶」も「縄文の女神」も「縄文のヴィーナス」も渦状の文様を纏(まと)っている。マリヤ・ギンブタスの考古/神話学を参照し、比較文様学ともいえる方法で「古ヨーロッパ」の女性土偶の造形や文様との響きあいを導き出す手際は鮮やかだ。
古ヨーロッパと東アジアにおいて、女神の土偶や出産のポーズ土偶に、夥(おびただ)しい渦巻文様が描かれているのはただの偶然ではない。自然に育まれ、自然の脅威に晒(さら)され、自然によって癒やされながら生きてきた古代人が生命循環という現象に対する畏怖(いふ)と敬意、「死から生への反転」、「再生」への願いと祈りが託されている。渦巻を表象する人類の執念と情熱は、多種多様な文様の解析を通して示され、途轍(とてつ)もなく長い歴史時間と果てしない文化空間のなかで展開された巨大な絵巻の前に、私たちはただただ驚嘆するしかない。
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