国という主語からは、そこにいる人々の表情は見えない。でも、暮らしている人々から国を見ると、国の輪郭がしっかり描けるし、頭の中に用意されていたイメージも変わる。あんな国なら黙り込んでいるに違いないと思われている人たちだって、それぞれ怒って笑って泣いている。知るのを怠っているのは私たち。
2022年9月、イランで、正しくスカーフで覆っていなかったとして、22歳のマフサー・アミーニーさんが逮捕され、その後死亡した。反スカーフデモが全土に広がり、多数の死傷者が出た。奪われた命のために、自らの命をかけて抗議する。そこで暮らすのは、どんな女性たちなのか。
『テヘランのすてきな女』(金井真紀・文と絵、晶文社、1980円)は文筆家・イラストレーターの著者が、イランの首都・テヘランを訪ね、女性たちに会い続けた記録だ。通訳が席を外して二人きりになると、「わたし、政府が大嫌いなの!」と耳に口を寄せて英語でささやく女性がいた。「そうか、人はだれもが一色ではないのだな」
女性弁護士のスィーマー・グーシェさんは、女性の権利が奪われている国で、レイプ被害などにあった女性の弁護を続けてきた。「イランの女性たちは自分を偽るよう強いられてきた」、家の中では自由に振る舞っても、外ではしない。「まるで二重人格ですよ」とスィーマーさん。
抑圧の中にあって、思考停止しているわけではない。むしろ、思考はグツグツ煮込まれている。だから強い。ブレない。ホームパーティーで出会ったゴルロフさんが「この国ではなにもしなくても危ないでしょ。どうせ危ないんだからデモに参加したほうがいいと思って」と言う。
誰とでも軽やかに話す著者に心を開く。その語りから、この国の水面下にある怒りも希望も見えてくる。でも、踏んづける人たちがずっといる。「まったく世界のクソは共通している」との著者の吐露が象徴的だが、泣き笑いを無効化する「クソ」にあらがうための、すがすがしい連帯が詰まっている。