書評
『キリンビール高知支店の奇跡 勝利の法則は現場で拾え!』(講談社)
硬直した組織を地方から変革
モノを売るのは、難しい。その必勝法が記された本があればよく売れる。さて本書も売れているようだが中身はどうだ。本書は「キリンラガー」の販売手法を高知という地方から変えた人の手記。著者は「ほとんどのお客様はビールの味にはそれほど差がないと思っている」という。差異のない中いかに選ばれるか。まさにモノを売る難しさの神髄。
1990年代、ビールは量販店などで売られる時代が到来。売り上げを伸ばしたのは、広告戦略を立て、さっぱりとしたキレをアピールして成功していたアサヒビールのスーパードライだった。宿敵に押されたキリンは、主力商品「キリンラガー」の味覚変更という手に出る。マーケティングの世界で失敗として知られる事案である。
著者は、当時のキリンビール高知支店長。彼は、全国でキリンのシェアが減っている中、営業方法を一新する。だが、その売り上げ回復を達成した手法は、別にあっと驚くという類いのものではないのがミソだ。
まずは地道に営業マンが現場である居酒屋などの飲食店を回る「質より量」の営業の導入。著者の下で働いた営業マンたちは、高知の目抜き通りを歩けば、30分で10人ほどに挨拶(あいさつ)されるくらいに知り合いが増えたという。さらには地元メディアを使った広告戦略。全国ブランドのキリンだが、彼は地元ラジオや地方紙を使う。1人当たりのラガー(瓶)の消費量で高知県が全国一であることを踏まえ「高知が、いちばん。」を訴えるキャンペーンを展開。なんでも「一番」でなくては気がすまない県民性に着目したものだったという。
客は「シンプルなことしか聞いてくれない」。だがそれを丁寧に伝えることが大事なのだ。
一方、本書は硬直化した組織を中央からではなく地方から、上ではなく下から変えるという教訓でもある。本も地元書店から火が付いた。変えるなら隅っこから。覚えておきたい。
朝日新聞 2016年8月14日
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