自著解説

『中世和歌の記憶-絵巻と仙洞御所の詠歌史-』(八木書店)

  • 2026/02/02
中世和歌の記憶-絵巻と仙洞御所の詠歌史- / 石井悠加
中世和歌の記憶-絵巻と仙洞御所の詠歌史-
  • 著者:石井悠加
  • 出版社:八木書店
  • 装丁:単行本(416ページ)
  • 発売日:2026-01-22
  • ISBN-10:4840626537
  • ISBN-13:978-4840626538
内容紹介:
絵巻に描かれた中世や仙洞御所で眺められた中世の記憶を和歌の表現から読み解く!カラー口絵30点を含む豊富な図版を掲載。【内容説明】第一部では、鎌倉から室町時代にかけて制作された「慕… もっと読む
絵巻に描かれた中世や仙洞御所で眺められた中世の記憶を和歌の表現から読み解く!
カラー口絵30点を含む豊富な図版を掲載。

【内容説明】
第一部では、鎌倉から室町時代にかけて制作された「慕帰絵」や「一遍聖絵」、「道成寺縁起」など絵巻の中で詠まれた和歌を検証。和歌の表現や解釈がどのように絵巻の表現と結びついたのかを紐解き、中世における和歌の新たな役割や絵巻の制作意図について考察する。

第二部では、和歌に映し出される「場」の記憶に注目。白河殿、鳥羽殿、北山殿など院政期から鎌倉時代にかけて造営された仙洞御所は権力と歴史の象徴であり、和歌はその造営意図や祝賀性の記憶を保つために詠まれてきた。都市の再興や郊外の開発といった空間の変化を文学研究の視点から捉え直し、空間の創出・継承において和歌が果たした役割を明らかにする。歴史分野における絵画資料と文学作品の新たな活用方法も提示。

なぜ和歌が美術と歴史をもっと面白くするのか

絵巻を見よう

さあ、絵巻を見ましょう!
この春に京都国立博物館で開催される特別展「北野天神」展(2026年4月18日~6月14日)では、かの有名な国宝「北野天神縁起絵巻(承久本)」の全巻全場面の公開が予定されています。
そして東京国立博物館には、特別企画「アイルランド チェスター・ビーティー・コレクション 絵巻と絵本のたからばこ」(2026年4月27日~7月20日)として、アイルランドのチェスター・ビーティー図書館から「酒呑童子絵巻」「長恨歌絵巻」などが来日する予定です。
中世絵巻は、主に東京・京阪を中心にして、毎年何かしら国内で観覧できる機会に恵まれている芸術分野なのです。
視力があまりよくない私の美術鑑賞の強い味方は、数十センチの近距離にピントを合わせてくれるPENTAXのパピリオというシリーズの双眼鏡(メガネのまま片手で使用可)。レンズの中に映し出されるのは、ついこの間描かれたのではないかと錯覚するような、すばらしい彩りで描かれた小宇宙です。


下調べがポイント

展覧会で絵巻をもっと面白く楽しむためのポイントは、作品の内容を下調べしておくことです。
主人公はどんな人物か。展示されているのはどの場面か。何のために制作されたのか。
「新修日本絵巻物全集」(角川書店)や、「日本絵巻大成(正・続・続々)」(中央公論社)などは、主要な絵巻作品の図版と詞書(ことばがき)を収載しています。どちらもシリーズ刊行からすでに時間が経っていますが、図書館では閲覧することができます。
絵巻の詞書は文法が平易なので、高校古文の復習にもおすすめです。


『中世和歌の記憶―絵巻と仙洞御所の詠歌史―』のみどころ

今回出版した『中世和歌の記憶-絵巻と仙洞御所の詠歌史-』では、中世の和歌について、この「絵巻」における和歌と、それから「仙洞御所」における和歌という二つの視点から照射して、その歴史的意義を明らかにすることを試みています。


和歌は「絵」の記憶を呼び覚ます

さて、絵巻の詞書には、(とくに主人公の)詠んだ和歌が載せられていて、それが絵を読み解くために重要な役割を果たしていることがあります。

「あ!絵の中のふたりはこういう関係だったのか!」
「こんな意味がある場面なのか!」

本書ではまずこの点に注目しました。第一部「和歌と絵巻の相関」では、鎌倉時代から室町時代にかけて制作された高僧伝絵巻・社寺縁起絵巻などの中で詠まれている和歌を検証して、そうした和歌の読解によって分かる絵巻の制作意図などについて論じています。
取り上げた主な絵巻作品は次の通りです。いずれもすばらしい作品で、各所蔵機関のご好意により、カラー口絵で絵を掲載させていただくことができました。

▼検証対象の主な絵巻
「慕帰絵」(西本願寺蔵)、「拾遺古徳伝絵」(常福寺蔵)、「一遍聖絵」(清浄光寺蔵)、「遊行上人縁起絵」(清浄光寺蔵、光明寺蔵)、「西行物語絵巻」(サントリー美術館蔵)、「道成寺縁起」(道成寺蔵)、「春日権現験記絵」(皇居三の丸尚蔵館蔵)

和歌を読み解くことで呼び覚まされる絵巻の記憶。
どうか「あ!」をお楽しみください。


和歌が映し出す「場」の記憶

本書のもう一つの注目点が、仙洞御所(せんとうごしょ)と和歌との関係です。
第二部「和歌と仙洞御所の相関」で取り上げた「仙洞御所」とは上皇のための御所の総称で、上皇御所・仙洞離宮などとも呼ばれます。院政期の政治の主要な舞台となりましたが、用途はそれだけでなく居住・法要・宴遊などさまざまです。
江戸時代のものには桂離宮や修学院離宮、京都御苑内の京都仙洞御所があります(宮内庁HPから見学の申し込みができます)。
院政期や鎌倉時代の仙洞御所で現存しているものは、残念ながらありません。しかし、郊外に大型の仙洞御所を造営する際には、眺望がよい、または地の利がよい場所が選ばれましたから、その跡地に観光で訪れたことがある方は多いはずです。
本書で取り上げた主な仙洞御所は次の通りです。

▼検証対象の主な仙洞御所・別業・内裏
白河殿…今の京都市左京区、岡崎公園の辺り一帯。藤原良房の別業の地が白河院に献上され、御願寺と仙洞御所の地として展開した。
鳥羽殿…今の京都市伏見区、城南宮の辺り一帯。白河・鳥羽・後白河院三代の院政の舞台となった離宮。広大な水景が作られる。
法住寺殿…今の京都市東山区、京都国立博物館の辺り一帯。六波羅にほど近い鴨東の地に後白河院が造営した院御所。蓮華王院宝蔵を擁する。
北山殿…今の京都市北区、金閣寺の辺り一帯。承久の政変後、天皇家との姻戚関係を築いた西園寺家の氏寺兼別業。大覚寺統・持明院統両統の上皇らの御幸の地となった。
亀山殿…今の京都市右京区、天龍寺の辺り一帯。嵯峨嵐山の地に造営された後嵯峨院の離宮。吉野山の桜の大規模移植が行われる。

お断りしなければならないのですが、上記のうち「北山殿」は仙洞御所ではありません。しかし、天皇・上皇を迎えるための空間として用いられることで、ここでの和歌表現は仙洞御所と同じような、興味深い特徴を形成してきました。また所有者である西園寺家は、承久の政変後の仙洞御所の再興・新造においても、勅撰和歌集撰集においても非常に重要な役割を果たしていますから、鎌倉時代の文芸空間としての仙洞御所の在り方を考える上で、外すことができないのです。

    嘉承二年、鳥羽殿行幸に池上花といへることを詠ませ給ひける
  池水のそこさへにほふ花桜 見るとも飽かじ千世の春まで
  (金葉集二度本・賀部・314・堀河院)

  君がためうつし植ゑける花なれば千世のみゆきの春も限らじ
  (正嘉三年北山行幸和歌・7・洞院実雄)

院政期から郊外へと広がっていった仙洞御所というコンセプト空間。動乱の時代の天皇・上皇・権力者たちの目に映った光景を、和歌を通して眺めてみると……。
『万葉集』や『百人一首』とは少し異なる、仙洞御所という「場」の和歌の魅力を紐解きます。


中世和歌の舞台としての「仙洞御所」

どうして仙洞御所と和歌の関係について考えることになったのか。きっかけは学生時代に出会った、渡部泰明先生の授業です。渡部先生の授業はとても人気で、理系の学生も受講するほどでした。その時の授業をもとに先生が書き下ろされた『和歌とは何か』(岩波書店、2009年)は、今も版を重ねています。
「和歌とは言葉による演技である」「和歌は儀礼的空間を呼び起こす」―教室の学生たちの心を奮わせたのは、先生のこのような和歌との向き合い方でした。

「和歌が演技であるならば、その“舞台”はどこなのだろう?」

教室の片隅で頭に浮かんだこのささやかな問いが、和歌表現と仙洞御所の在り方を考えた糸口でした。
そして和歌、絵巻、仙洞御所の三者の関係が、ゆっくりと結びついていき、本書となりました。

中世日本において、まるで絵画や空間の記憶に編み込まれるようにして表現を広げていった和歌表現の面白さについて、少しでも紐解ける一冊になれば幸いです。

[書き手]
石井 悠加(いしい ゆか)
1986年、兵庫県に生まれる。東京大学大学院人文社会系研究科日本文化研究専攻日本語日本文学専門分野博士課程単位取得満期退学。博士(文学)。現在、四国大学文学部日本文学科講師。

[主な著作・学術論文]
『中世和歌の記憶-絵巻と仙洞御所の詠歌史-』(八木書店、2026年)
「世阿弥の佐渡配流と『金島書』」(『東京大学国文学論集』15号、2020年)
「解読・公家列影図:血筋・才能・個性と鎌倉時代のキャラクターデザイン」
(『Humanities Center Booklet』24号、東京大学連携研究機構ヒューマニティーズセンター、2024年)
中世和歌の記憶-絵巻と仙洞御所の詠歌史- / 石井悠加
中世和歌の記憶-絵巻と仙洞御所の詠歌史-
  • 著者:石井悠加
  • 出版社:八木書店
  • 装丁:単行本(416ページ)
  • 発売日:2026-01-22
  • ISBN-10:4840626537
  • ISBN-13:978-4840626538
内容紹介:
絵巻に描かれた中世や仙洞御所で眺められた中世の記憶を和歌の表現から読み解く!カラー口絵30点を含む豊富な図版を掲載。【内容説明】第一部では、鎌倉から室町時代にかけて制作された「慕… もっと読む
絵巻に描かれた中世や仙洞御所で眺められた中世の記憶を和歌の表現から読み解く!
カラー口絵30点を含む豊富な図版を掲載。

【内容説明】
第一部では、鎌倉から室町時代にかけて制作された「慕帰絵」や「一遍聖絵」、「道成寺縁起」など絵巻の中で詠まれた和歌を検証。和歌の表現や解釈がどのように絵巻の表現と結びついたのかを紐解き、中世における和歌の新たな役割や絵巻の制作意図について考察する。

第二部では、和歌に映し出される「場」の記憶に注目。白河殿、鳥羽殿、北山殿など院政期から鎌倉時代にかけて造営された仙洞御所は権力と歴史の象徴であり、和歌はその造営意図や祝賀性の記憶を保つために詠まれてきた。都市の再興や郊外の開発といった空間の変化を文学研究の視点から捉え直し、空間の創出・継承において和歌が果たした役割を明らかにする。歴史分野における絵画資料と文学作品の新たな活用方法も提示。

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