前書き

『物流の東国史: 津々浦々の長者と富』(吉川弘文館)

  • 2026/04/23
物流の東国史: 津々浦々の長者と富 / 鈴木 哲雄
物流の東国史: 津々浦々の長者と富
  • 著者:鈴木 哲雄
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(304ページ)
  • 発売日:2025-11-25
  • ISBN-10:4642306250
  • ISBN-13:978-4642306256
内容紹介:
関東入府後の家康の偉業として語られる、利根川の流路変更と物流集中による江戸の繁栄という歴史像は正しいのか。中世太平洋海運と東国の二大河川(利根川水系・鬼怒川水系)=内海(江戸の海・香取の海)世界を軸に、流通経済を支えた海夫・商人・宗教者の多様な活動を探究。水陸交通による富の移動と蓄積、その掌握をめぐる新たな東国史を描く。

物流の今

日本における物流の現状は、自動車に依存したものである。長時間労働などの過度の負担を、トラックドライバーに強いていることが問題となっている。他方で、依頼した物品が玄関先まで配達される宅配便は、わたしたちの日々の生活のなかで欠くことができないものである。すでに国内貨物の輸送量は、輸送した貨物の重量の単純な合計では、自動車が九割を超えているという。自動車、そしてドライバーへの依存度の高さがわかる。

一方、輸送した貨物の重量にそれぞれの貨物の輸送距離を乗じたもの(掛け算)の合計は、自動車が約五割で、内航海運が約四割、鉄道が五分(五%)程度だという(国土交通省「物流の二〇二四年問題について」)。鉄道が五%にすぎないことも気にはなるが、大量の貨物輸送は船によっているのである。こうした物流の現状を確認したうえで、歴史学のモノサシで前近代の日本列島の物流史を振り返ってみることも、物流の今を考えるための材料の一つを提供しうるのではないか。

人が生活する場所(村・町・津など)を結ぶ水陸の道は、いつの時代も網の目状に存在し、そこを人と物とが行き来していた。人為的に、あるいは意図せずに、新たな水陸の道が生まれ、大道(主要道)がつくられてきた。人や物が移動する際には、徒歩によるほか、馬や車、船が交通手段として不可欠となる。休憩や宿泊のための施設も必要であり、物資の積み替えや保管・貯蔵する場所がつくられる。交換の場としての市・市場が生まれ、町場が成立する。

商人も生まれる。中世の商人は行商人であり、行商人は商品(物)の流通と売買との両方を担う存在であったとされる。この中世商人の行商活動は、水陸の交通業者とも重なり合い、結びつきながら行われたはずで、行商の活動は山伏(やまぶし)や修験者(しゅげんじゃ)の行動とも重複するものであった。

本書は、主たる舞台を中世の東国(主に関東)において、物流の歴史を探っていくが、その時に、近世初頭の利根川(とねがわ)水運(内川廻(うちかわまわ)し)の成立をどのように評価するかが問題となる。

一般的には、「天正十八年(一五九〇)、徳川家康が江戸に入ったとき、中世利根川と荒川(あらかわ)が武蔵国(埼玉県)越谷(こしがや)あたりで合流して江戸の海に流れ込むため、江戸には洪水が多く、湿地帯が広がっていた。家康は、利根川と荒川を分離し、利根川の流路を太平洋側の銚子(ちょうし)に変更する事業に着手して、農地の開墾、円滑な水運の確保をはかっていった」というように説明されることが多いのではないか。しかし、こうした家康の偉業とその継承として語られる、利根川の東遷(とうせん)と大江戸の創造という歴史像は果たして正しいのだろうか。

たしかに、近世初頭の利根川東遷事業によって、東北諸藩の物資が現在の利根川をさかのぼり、千葉県の関宿(せきやど)付近で江戸川を下り、近世の巨大都市江戸まで舟運によって運ばれるようになる(利根川水運あるいは内川廻し)。また、太平洋海運によって多様な商品が大坂から江戸へと流入し、下物(くだりもの)と呼ばれ、江戸の繁栄を支えたことは間違いない。しかし、こうした江戸への物流の集中構造(利根川水運や太平洋海運)は、家康あるいは江戸幕府の圧倒的な力(近世権力)によって、にわかに創出されたものなのか。

本書では、中世関東の二大河川(利根川水系と鬼怒川(きぬがわ)水系)と二つの内海(江戸の海と香取(かとり)の海)という地域構造をふまえ、近世の利根川水運と太平洋海運の前史というだけでなく、「戦国時代までの東国の物流はどのようなものであったか」について、なるべく詳しく探っていく。そうすることで、右の疑問点についての解答を考えたい。

まずはじめに、中世東国の水上交通・陸上交通についての概要を確認したうえで、鎌倉時代から戦国時代へとこれまでの研究成果を踏まえつつ探究を進めていくことにする。

[書き手] 鈴木 哲雄(すずき てつお・都留文科大学教養学部特任教授)
『中世関東の内海世界』岩田書院2005年、『香取文書と中世の東国』同成社2009年、『平将門と東国武士団』吉川弘文館2012年、『酒天童子絵巻の謎―「大江山絵詞」と板東武士―』岩波書店2019年、『日本中世の村と百姓』吉川弘文館2021年
物流の東国史: 津々浦々の長者と富 / 鈴木 哲雄
物流の東国史: 津々浦々の長者と富
  • 著者:鈴木 哲雄
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(304ページ)
  • 発売日:2025-11-25
  • ISBN-10:4642306250
  • ISBN-13:978-4642306256
内容紹介:
関東入府後の家康の偉業として語られる、利根川の流路変更と物流集中による江戸の繁栄という歴史像は正しいのか。中世太平洋海運と東国の二大河川(利根川水系・鬼怒川水系)=内海(江戸の海・香取の海)世界を軸に、流通経済を支えた海夫・商人・宗教者の多様な活動を探究。水陸交通による富の移動と蓄積、その掌握をめぐる新たな東国史を描く。

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