書評
『父への便り』(草場書房)
心理の起伏静かな広がり
この短篇集に収められた小説は、あまりいま流行っているものとは言えないかもしれない。そもそも小説に流行りなんかあるのか、と言われれば、それは明らかにある。あるが、そんな流れに与しないこともできる。通読して感じたのはそんなプライドだ。笠原淳の小説は、芥川賞を受賞した『杢二の世界』を読んだきりだった。この本の短篇にしたって、半分以上が一九八〇年代に発表されたものである。しかし、ひっそりとだが、確実に積み重ねられた感じがある。
基本的なトーンは、老境に差しかかった主人公が自身の老いを自覚したり、若さに対して恬淡(てんたん)としているけれどどこか諦(あきら)めきれぬ感情を抱いたりする心理の起伏である。博物館で偶然すれ違った若い母親に対して粘つくような情欲を燃やしたりするシーン(「凧」)は、俗情と結託すればいやらしいだけだが、妄想と現実のあわいにふと入り込んだふうに、丁寧に書き分けられている。
都心の老朽化した家を捨てて郊外に居を構えた主人公一家。一種の郊外論としても読める。とにかく、こんなに静かで豊かな小説世界に久しぶりに触れた気がした。
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