書評
『死ぬまでに行きたい! 世界の絶景』(三才ブックス)
ネット時代の本づくり体現
メキシコ・ユカタン半島の「セノーテ・イキル」は、鍾乳洞のなかの湖。透明度100メートルの湖面は神秘的。最短、4日間の旅の予算は15万円。思ったより安い。世界には多くの秘境や驚くべき光景がある。トルクメニスタンの「地獄の門」は、40年以上燃え続ける巨大なたて穴。イタリアのランペドゥーザ島は、海水の透明度が高く、船が宙に浮いているように見える。
本書は、こんな具合に世界の「絶景」64カ所が集められ、写真と短い文章で紹介される。そして、そこに行くための簡単な旅行ガイドも添えられている。
本が生まれた経緯はおもしろい。考えたのはとある新米社員。フェイスブックでいくつ「いいね」が付くかを競う新人研修から生まれた企画だった。それがネットで何十万人の支持を得て、出版社が刊行を企画し、旅行会社が相乗りした。
写真はフォトストック業者などからかき集められている。コストを抑えたお手軽な一冊だ。でもだからこそおもしろい。
これを冒険写真家が自分の足で回って作ったとしたなら、撮影に何年か要し、交通費宿泊費だけでウン千万円もかかる。立派なものはできるかもしれないが、よっぽど売れる保証がないとそんな企画に乗る出版社や写真家はいないだろう。
一方、著者の詩歩は本書の刊行前、取りあげた絶景64カ所のどこにも実際には行ったことがなかった。新米社員のアイデアが、ネットで56万人の「イイネ!」の投票を集め、本として刊行され、旅行業界、ネット業界、出版業界をまたがるヒットコンテンツになった。現代的なものづくりの在り方がここにある。
世界の秘境は、昔に比べ「安近短」化した。実際に出かけていくのも夢の話ではない。これを見て旅行に行くか、それとも本で見るだけで行った気になるか、あなたはどっち派?
朝日新聞 2013年12月1日
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