コラム

『地震災害と地震学: 被害・観測・研究の1400年』(吉川弘文館)

  • 2026/09/01
地震災害と地震学: 被害・観測・研究の1400年 / 松浦 律子
地震災害と地震学: 被害・観測・研究の1400年
  • 著者:松浦 律子
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(240ページ)
  • 発売日:2026-02-27
  • ISBN-10:4642016767
  • ISBN-13:978-4642016766
内容紹介:
古来、大地震で甚大な損害を被ってきた日本。1880年に世界初の地震学会が結成されて以来、日本の地震学は独特の展開を辿っている。有史以来、約1400年に及ぶ地震と人々との関わりを追い、被害地震に伴って歩んできた地震研究の実態を、理学の視点を中心に、海外の研究も織り交ぜながら歴史的に振り返る。津波被害や原発関連のコラムも収める。

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日本の津波被害

地震は数百kmも離れた場所を強く揺らすだけではなく、震源域周辺では、地面を隆起させたり沈降させたりして山や潟を形成したり、山地を切って直線的な近道となる通り道を作ったり、緩傾斜地という、農耕中心の集落形成に向いた土地も作り出す。こういった地盤の変動が海底下で発生すると、重力的に釣り合うジオイド面にしたがっている海面を、平衡位置から急激に上げたり下げたりと、ずらしてしまう。震源域周辺の海水塊にこのように与えられた位置エネルギーの擾乱が、ロスビー波として海面を伝わっていくのが津波である。日本は周辺の海底にも震源がいろいろあるので、古来津波被害にも悩まされてきた。揺れて家が壊れても、圧死を逃れれば家財を幾何か取り出したりできる。しかし地震後に火災が発生するとか、津波で流されてしまうとか、文字通り着の身着のままになる条件が加わると、地震後の復興は、文字通りスッカラカン、ゼロからの厳しいスタートとなる。それでも命あっての物種なので、津波に関しては古来日本の沿岸部の住民は、揺れたら急いで高台へ行く、という避難行動を伝承していた。

津波の伝播速度は海の深さに依存する。大洋は深さ4km程度なので、沖合では概略200m/sである。津波の周期が10分とすると、津波が1周期分の時間進んだ距離が津波の波長になるので、波長は120km である。津波の波高はだいたい数m以下、超巨大地震でも30mにもならないので、半波長60kmの距離で最高地点と最低地点とで海面の高さが60m違うとしても、水平距離に対して高さの差は1/1000のわずかな違いである。当然船から見てもまず風による波浪に紛れて認識できない。しかし海岸に近づいて水深が浅くなると、速度がどんどん遅くなり、波長も短くなるので、半波長の距離に対する波の高さの比率が大きくなって、目視でも通常の海の波浪とは異なる波だと認識できる。津(入り江)に入ってくると初めて認識できる波なので、日本では「津波」と名前が付いたのである。津波は英語でも使われ、地震によって発生して沿岸部に襲来する海の波は、tsunamiと呼ばれる。昔の日本人は津波の物理的本質に早くから気が付いていたのである。

名前を付けるほどよく経験される事象なので、地震の大きい揺れを感じたら、昔から沿岸部の日本人は高台へと避難していた。感心するのは、数世代大津波被害が途絶えていたはずの西日本の四国や紀伊半島沿岸で、1707年宝永地震の時には、住民は迷わず高台へ逃れ、一昼夜は戻らずに居たことである。そのためか、大津波で集落ごと流失したところが多い土佐でも、死者は多くない。かなりの住民の命だけは守れたのである。津波の襲来頻度がもっと高い三陸リアス沿いの浦々では、近代になってからだけでも、1896年、1933年、1960年と、揺れの弱い津波地震、海溝軸外側の太平洋プレートのアウターライズが曲げ応力に屈して破壊した恐怖を感じる揺れを伴う正断層地震、地球の反対側からほぼ1日かけて伝播してきた長周期の遠地津波、と地震のタイプこそ違えども、生涯で数度の大津波被害を経験している。海辺近くに暮らす者たちは、大揺れだったら高台へ、ゆらゆら揺れたらさらに高い所へ、潮が異様に沖まで引いたらすぐに高台へ、と津波から命を守る知恵を次世代へと代々受け継いできた。

太平洋岸は西南日本でも東日本でもこのように津波から生き残るための高所避難を伝承してきたのだが、東西で津波災害に関して決定的な違いがある。東日本は海溝軸も遠く、巨大地震の震源域までの距離がある程度大きいために、地震発生から15分以上津波避難に費やせる時間がある場合はほとんどである。避難の余裕があるため、昔の簡単な船であれば、漁師は地震の揺れを感じてから急いで沖合まで船を移動して流失から守れる場合が多かった。一方の西日本では、巨大地震の震源域が沿岸部付近と近いため、津波の到達が早い。地殻変動による沈降も加わって、5分も経たずに浸水が始まる場所も多い。したがって船は諦めてとにかく一刻も早く高所へ向かって避難を開始しなければならない。1944年東南海地震の時の静岡県沿岸部の小学校では、東北出身の教員が津波到達までには10分間以上の余裕があると思い込んで、生徒を整列させてしまったために、途中で遡上する津波に巻き込まれた悲惨な例もあった。1983年日本海中部地震の際には、たまたま秋田県の内陸部から浜辺へ小学生の一団が遠足に来ていた。地震後は山崩れの難を逃れるために開けた場所へ避難するのが当たり前の内陸部では、強震を感じてそのまま海岸に留まっていたために、10分程で到達した津波に小学生が多数呑まれて犠牲になった。2011年の東日本大震災では、津波被害をめったに受けない外房で、津波は何度も繰り返し寄せるので半日や丸1日間は海辺に近寄ってはならない、ということを知らずに、初期の津波で打ち寄せたごみを片付けようとして後続の津波に攫われた事例もある。自分の常識が、何時でも何処でも通用するわけではないことも、忘れてはならない。

2011年の東日本大震災の際には、三陸リアスの住民の多くは、最近の津波災害記憶である1960年チリ地震による津波を想起したようである。この津波は高さや流速よりも、長周期であることに特徴があったが、2011年は高くて速くて遡上範囲も広い大津波であった。未経験の強く長い揺れに反応して生存本能的に「普通」よりもさらに高所へ向かわなかった場合は、チリ津波では大丈夫な避難所の多くが、残念ながら決して安全ではなかった。津波被災頻度が格段に低い仙台湾以南の南東北や関東地方では、そもそも揺れによって津波を想起して高所避難を開始しなかった人が少なくなく、轟音とともに押し寄せる波を見てからの避難で逃げ遅れた率が高くなった。

津波が高くなる所や、遡上し易い場所などは、沿岸部の海底地形や、川の流路などで決まる部分が大きく、津波災害には地域性が著しい。地域に詳しい地元民は通常適切な避難行動が素早くできることで難を逃れる確率が高い。近世など逃げるしか生き残る方法がない時代では、津波災害は特に出稼ぎのよそ者のような地域の実情に疎い者たちの犠牲者が多い。地域毎の簡潔な災害伝承は重要であり、「よそ者」は旅先の旅館で非常口を確認するのと同様に、居住地で地震を感じた場合に、どのルートでどの高所へ向かえばいいか、家族全員で早々に確認しておくことがまず大事である。しかし、伝承とまったく同一の津波だけが来るとは限らない。原因となる地震のタイプや特性も様々である。過去の一事例に捕らわれ過ぎることも危険である。可能であれば過去の複数の津波災害に関して、その様相を学び、応用の効く避難行動をとれる者となれる様に、地域毎に体系的に災害の危険性の地域特性を学習できる仕組みの構築が、慰霊や忘却抑止以上に、各地の災害伝承館に望まれる。


[書き手] 松浦 律子(まつうら りつこ・(公財)地震予知総合研究振興会上席研究員)
『日本歴史災害事典』(共編著)吉川弘文館2012年、『日本被害地震総覧 599-2012』(共編著)東京大学出版会2013年
地震災害と地震学: 被害・観測・研究の1400年 / 松浦 律子
地震災害と地震学: 被害・観測・研究の1400年
  • 著者:松浦 律子
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(240ページ)
  • 発売日:2026-02-27
  • ISBN-10:4642016767
  • ISBN-13:978-4642016766
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古来、大地震で甚大な損害を被ってきた日本。1880年に世界初の地震学会が結成されて以来、日本の地震学は独特の展開を辿っている。有史以来、約1400年に及ぶ地震と人々との関わりを追い、被害地震に伴って歩んできた地震研究の実態を、理学の視点を中心に、海外の研究も織り交ぜながら歴史的に振り返る。津波被害や原発関連のコラムも収める。

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