書評

『僕が批評家になったわけ (ことばのために)』(岩波書店)

  • 2017/08/28
僕が批評家になったわけ  / 加藤 典洋
僕が批評家になったわけ
  • 著者:加藤 典洋
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(249ページ)
  • 発売日:2005-05-21
  • ISBN-10:4000271059
  • ISBN-13:978-4000271059
内容紹介:
批評に背を向けても、私たちは生きられる。だが、もし批評がこの世になかったら、私たちの思考はいまよりもっと貧しいものになっていたのではないだろうか。批評とは何か。批評のことばはどこに生き、この世界とどのように切り結んでいるのか。批評という営みが私たちの生にもつ意味と可能性を、思考の原風景から明らかにする。
批評をうしろ側から覗かせるような書名だが、そうではない、批評とは何かについて語ったものだ。

なぜいま批評なのか。

かつて批評といえば、文芸批評を意味し、しかつめらしいものが多かった。しかし、いつの間にか読者たちは遠ざかり、批評家たちも自閉的な空間にこもりがちになった。

かりにそれを批評の危機としてとらえるならば、通常二つの反応が見られる。批評の大切さを強調するか、さもなければ教養がないとだめだと読者を恫喝することだ。しかし、著者はそのどちらの態度も取らなかった。

なぜ批評が必要なのかについては一言も触れていない。そのかわり、かりに批評がなかったら、日本の近代がどうなったかをシミュレーションして見せた。すると、殺伐とした思考の砂漠が目の前にくり広げられた。

現代社会にとって批評はやはり必要だ。ただ、批評は風邪を引いた。

読者を取り戻し、批評を元気にさせるためにはどうすればよいか。風邪の症状を和らげるのではなく、熱が出る原因を取り除くための薬が処方された。

著者の関心の根底にあるのは、おそらく文学批評であろう。しかし、本書で批評について語るとき、いっさい仕切りを作らない。逆に「批評の酵母」は言語生活のほとんどの局面に遍在している、と主張する。市民社会のあらゆる言論活動を囲い込むことによって、かつての文芸批評が再編成され、新たな可能性が生まれてきた。

批評の方法について、「思いついたこと」をそのまま書けばよい、と力説した。重要なのは独自の思考があるかどうかで、批評自体は高級でなくても、精緻でなくてもよい。モンテーニュ『随想録』ではなく、吉田兼好が引き合いに出されたのはそのためだ。むろん『徒然草』に批評の原型を見いだしたのは、西欧起源の批評的精神を否定するためではない。そこには二番目の戦略が隠されている。中世の日本は随筆という方法によって、「漢文の教養」から自由になった。同じように、いま「気ままに書く」ことによって、欧文脈的な思考から自由になることができる。

エセー 6冊セット  / モンテーニュ
エセー 6冊セット
  • 著者:モンテーニュ
  • 翻訳:原 二郎
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:文庫(0ページ)
  • 発売日:2015-07-10
  • ISBN-10:4002002926
  • ISBN-13:978-4002002927

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徒然草  /
徒然草
  • 編集:角川書店
  • 出版社:角川書店
  • 装丁:文庫(293ページ)
  • 発売日:2002-01-25
  • ISBN-10:4043574088
  • ISBN-13:978-4043574087
内容紹介:
日本の中世を代表する知の巨人、兼好が見つめる自然や世相。その底に潜む、無常観やたゆみない求道精神に貫かれた随想のエキスを、こなれた現代語訳と原文で楽しむ本。現代語訳・原文ともに総ルビ付きで朗読にも最適。

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三つ目は専門家よりも公衆や世間を意識することだ。ほんらい批評は読者があってはじめて成り立つものだ。ところが、方法論の深化と言語の精錬によって、批評のことばは専門家のあいだの方言になった。思考の硬直化から脱却するためには、いったん批評の外側に出る。すると、素人っぽさが批評をリセットする有効な手段になった。

この本はシリーズ「ことばのために」の一巻として刊行された。批評とは何か、という問題意識と同時に、ことばも主要なテーマの一つである。

ことばをめぐる急激な環境変化はインターネットの言語活動に顕著に現れている。サイバー空間では「声」と文章の境界が曖昧になり、「声」がそのまま書かれるものになることで、言論の粗雑化をもたらした一面は確かにある。一方、通信技術が「声」と文章のあいだの権力関係を崩壊させ、書き手の序列を無効にしたのも事実だ。活字の世界では、編集者が選別の役割を果たしてきたが、この新しい発表のメディアでは第三者が介在しない。『徒然草』的な批評はサイバースペースにもぴったりの表現様式である。

文芸批評というと、何やら肩の凝った文章を連想するが、本書はまったく違う。内容が濃密なわりには、文章は軽やかだ。心に浮かぶまま書き留められているから、全体としては読みやすくて面白い。著者が提唱する随想風の批評にもよい手本を示した。

【この書評が収録されている書籍】
本に寄り添う Cho Kyo's Book Reviews 1998-2010 / 張 競
本に寄り添う Cho Kyo's Book Reviews 1998-2010
  • 著者:張 競
  • 出版社:ピラールプレス
  • 装丁:単行本(408ページ)
  • 発売日:2011-05-28
  • ISBN-10:4861940249
  • ISBN-13:978-4861940248
内容紹介:
読み巧者の中国人比較文学者が、13年の間に書いた書評を集大成。中国関係の本はもとより、さまざまな分野の本を紹介・批評した、世界をもっと広げるための"知"の読書案内。

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僕が批評家になったわけ  / 加藤 典洋
僕が批評家になったわけ
  • 著者:加藤 典洋
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(249ページ)
  • 発売日:2005-05-21
  • ISBN-10:4000271059
  • ISBN-13:978-4000271059
内容紹介:
批評に背を向けても、私たちは生きられる。だが、もし批評がこの世になかったら、私たちの思考はいまよりもっと貧しいものになっていたのではないだろうか。批評とは何か。批評のことばはどこに生き、この世界とどのように切り結んでいるのか。批評という営みが私たちの生にもつ意味と可能性を、思考の原風景から明らかにする。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2012年6月12日

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