対談・鼎談

『鉄道大バザール』 (講談社)|丸谷才一+木村尚三郎+山崎正和の読書鼎談

  • 2017/11/13
鉄道大バザール 上  / ポール・セルー
鉄道大バザール 上
  • 著者:ポール・セルー
  • 翻訳:阿川 弘之
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(352ページ)
  • 発売日:2012-10-11
  • ISBN-10:4062901684
  • ISBN-13:978-4062901680
内容紹介:
アメリカの作家ポール・セルーによるユーラシア大陸一周、汽車の旅。ロンドン一五時三〇分発パリ行きから始まり汽車を乗り継ぎテヘランからインドへ…。アジア特有の街の賑わいを味わい、やがて東京へと向かう。阿川弘之の極上の翻訳ですべての鉄道ファンに捧ぐ。

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木村 この本は、一人のアメリカ人が、ロンドンからヨーロッパ、アジア各地を回って東京まで、三十以上もの汽車を乗り継いでユーラシア大陸を横断しまして、最後にシベリア鉄道を通ってロンドンに帰ってゆく。そこまでの紀行文ですが、次から次へと読ませてしまうおもしろさがあります。

『鉄道大バザール』という題をつけているように、鉄道それ自体が市場のような、何か人を惹きつける不思議な魅力がある。さまざまな汽車がアジア諸地域を走っていて、汽車のあり方もバザール的だ。

どこの国の列車も、その国の文化に見合った設備を持っているものらしい。タイの列車は、竜の模様のついた沐浴用のかめ、セイロンのはお坊さん専用車、インドでは菜食主義者専用キッチンと六段階の等級、イランの列車は祈祷用の敷きもの、マレーシアなら麺類の売店があるし、ヴェトナムへ入ると機関車に防弾ガラス、ロシアの汽車は、各客車にサモワールが一台ずつついている

というような、汽車バザールも彼にとって愉しみなわけです。

それと同時に、この本にはひとつの旅行哲学のようなものがある。

観光というやつは学問とよく似たところがあって、根っからの無精者を喜ばせる。大口あいて古代の遺跡に見惚れ、説明に聞き耳立てて――、実のところは特殊記号だらけのシナリオみたいなガイドブックを頼りに自分勝手にでっちあげた概念に過ぎないのだが、これで歴史が分ったと得意になる

結局、こういう旅を通して、本当におもしろいのは次から次へと現われる人間臭い光景だ、人間バザールだというわけです。

しかも、見た感想もズバズバ遠慮会釈なく言う。たとえばスイスなんていう国はカレンダーの景色みたいなもので、

誰でもちょっと感心して眺めるが、すぐ一枚めくって次の月のを見たくなる

アメリカについても、かなり手厳しく、ベトナムについて書いてあるところで――

植民地を支配する気なら、道路の補修とか下水工事とか恒久的な建物の建造とか、内政面の仕事が必要なはずだが、そういう基本的なことをやった痕跡がどこにも見当らない

こういう鋭い、あるいは辛辣な指摘が、ほかの国についてもいろいろ書かれています。日本については、あるインド人の言葉を通していっていますが、〈日本人は義理固くて清潔で勤勉だけれども、知性が皆無である〉(笑)また、〈灰色のビルや外科医のつけるようなマスクをつけた群衆が信号の青に変るのを待っている光景〉を批評して、

信号無視の歩行者がいない社会とは、つまり芸術家がいない社会ではないだろうか

と診断を下している。

ともかく、われわれを、さまざまな土地の風土と文化へ誘う、そういう意味で魅力のある本だと思います、ただ、たいへんに厚くて、読みごたえがありすぎて、終着駅に着くころは、こっちもクタクタになってしまう(笑)。

丸谷 おっしゃるとおりたいへんおもしろくって、読みごたえがある、たっぷり愉しめる本ですね。この筆者はアメリカ人ですが、いまイギリスに住んでいる。まあイギリス小説好きのアメリカ作家じゃないかと思うんです。書き方を見ていましてね……。

一体、イギリス小説には、イギリス国外の研究とでもいうような一ジャンルがあるんですね。キプリングのインドに始まり、モームの太平洋南海地方、フォースターのインド、グレアム・グリーンの、これはまあ世界じゅう、オーウェルのビルマ、ダレルのアレクサンドリアというような調子で、世界じゅうの人間との接触を契機にして、イギリス自身を研究するという伝統があるわけですね。これはイギリス小説の過度の洗練による衰弱を補って、活力を与える作用をした。その方法をアメリカの小説家が学んで、旅行記という形式でこういうものを書いた。それは一種、アメリカの小説家の成熟をしめすもので、なかなかおもしろい読みものになっています。

もう一つは、イギリス小説では風俗小説的な人間描写の腕が決定的に物をいうと思うんですが、この筆者の人間描写はイギリス小説の伝統をよく学んでいて、なかなか達者です。たとえばトルコのレイク・ヴァン急行だったですか、オーストラリアのヒッピーの男女が目の前ニフィートくらいのところで激しくおこなっている。それを見守りながらボンヤリと本を読む。

木村 そうそう、その話の最後のところですね。

丸谷 ああいうところなんか、アメリカの知識人の悲しみみたいなものがよく出ていて、しかも小説的興趣に富んでいますよね。

木村 この人にはアメリカ的ピューリタニズムがあるのかしら。自分はあまり旅先のセックスをしないみたいですね。

丸谷 ピューリタニズムではないけど、わりに小ぎれいで、自分に関しては告白しませんね。他人の性生活に対しては、かなり関心のある人らしいなあ(笑)。これだけ他人のことを書くんだったら、自分のことも少し書いたほうがいいんじゃなかろうかと思った。日本の小説家に学ぶべきだなあ(笑)。

(次ページに続く)
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初出メディア

文藝春秋

文藝春秋 1978年1月6日

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