解説

『春の城』(新潮社)

  • 2018/02/05
春の城 / 阿川 弘之
春の城
  • 著者:阿川 弘之
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(350ページ)
  • 発売日:1955-06-01
  • ISBN-10:4101110018
  • ISBN-13:978-4101110011
内容紹介:
第二次大戦下、一人の青年を主人公に、学徒出陣、マリアナ沖大海戦、広島の原爆の惨状などを伝えながら激動期の青春を浮彫りにする。
阿川さんはとても姿勢がよい。

僕のように背中をまるめて机に肘を付いている人間は、阿川さんの前では落第生だと思っている。やはり海軍にいた人は違うなあ、と素直に感心してしまう。

でも阿川さんは姿勢がよいからといってしゃちこばっているわけではなく、戦争などという得体の知れない非日常の極限の世界を語る際には、きわめて軽妙洒脱なのである。

初めて阿川さんにお会いしたのは「天皇と戦争」というタイトルの読売新聞社が企画した座談会(阿川弘之、梅原猛、井上章一、猪瀬直樹)であった。京都の下鴨茶寮だったと思う。一九九八年である。そのときの印象が強くあって、翌九九年に文熱春秋で「二十世紀日本の戦争」のタイトルの座談会をやろうと編集部から声をかけられたとき僕は、「阿川さんに出席していただけたら、きっとうまくいきます」などと予言者ぶってみせた。九時間に及ぶこの座談会(阿川弘之、秦郁彦、中西輝政、福田和也、猪瀬直樹)は文春新書におさまっている。もちろん、阿川さんのこんな発言が座を和ませてくれた。

僕たち台湾で海軍の基礎教育をうけていた頃、教官が日本の戦艦の名前を知っているだけ挙げてみろと言うから、「扶桑・山城・伊勢・日向・陸奥・長門・金剛・比叡・榛名・霧島」と十隻列挙して「よろしい」と言われた。しかし、「まだあります」って手を挙げ、「大和・武蔵」と付け加えたのがいたんです。そしたら、教官が「そういうもんは知らんでよろしい」ってにやっとしましたね(笑)。さっき名前を出した大井篤さんなんか、「大和」「武蔵」が国を滅ぼすんだと、戦争中、すでに言ってましたよ。あれば貧乏人の娘がよけいな晴れ着を二つ持っているようなもんだ、と。これがあるばっかりに期末試験が近づいているのに、着飾って帝劇へ芝居を見にいく。それで試験は落っこちる(笑)。ろくなことはないって部内で言ってるんです。

僕は九二年から九三年にかけて週刊誌に『黒船の世紀』(猪瀬直樹著作集第十二巻)を連載したが、戦争どころか海軍についての知識など皆無の僕はずいぶんと阿川さんの著作のお世話になった。こうした戦争や海軍にまつわる知識の面で、近年、阿川さんの著作と接する機会が生じたのだが、それとは別に一読者として青年時代に僕は阿川さんに間接的にお会いしていたのである。

阿川さん自身、本書『春の城』をふたつの雑誌(「新潮」と「文熱春秋別冊」)にそれぞれ一部を発表して、未だ一冊のかたちにならずにいた時分、当然ながら前途は茫洋として、実績も少なく三十歳前後という作家としてきわどい位置にあったと思う。しかし、処女作『春の城』は昭和二十七年に新潮社から刊行されると、第四回読売文学賞を受賞するにいたった。

戦後生まれの僕はそのころまだ小学校にも入学しておらず、昭和二十年代のラジオドラマ「鐘の鳴る丘」を聞きながらせいぜい戦争孤児の運命を時代の切ない物語として共有していたにすぎない。もちろん阿川弘之の名前を知るべくもない。

僕が『春の城』に巡り合うのは、一九六〇年代の半ばすぎである。なぜか昭和二十年代、三十年代は元号で、昭和三十五年のいわゆる六〇年安保騒動からは頭のなかが西暦に切り替わっている。

東京オリンピックの翌年、高校を卒業した僕にもいよいよ青春時代というやつがやってきた。そのころ僕は吉行淳之介の著作を読み耽っていて、しだいに安岡章太郎、小島信夫、阿川弘之とひとつにグルーピングしてその著作を買い漁り出した。彼らは「第三の新人」と呼ばれていた。その前に「第一次戦後派」という一群がいた。その区分は明解ではなかったけれど、戦争体験を直接的に描いたり、政治と文学といった課題に正面から取り組みつつイデオロギー的にコミットする場合もあったり、という面が「第一次戦後派」にはあった。それに対して「第三の新人」は、やや軟弱でマイナーなテーマに傾きがちであるとする評価があったように思う。でもこうした分類にはたいした意味はない、と僕は理解していた。いずれにしろ僕より二十歳、三十歳と一世代も上の彼らは、極限状況を生きた。その事実が作品の基層底音を奏でている。

作家という仕事に僕は興味を抱いたが、後発世代にとって作家になる資格が決定的に欠けていることがわかった。なぜなら、戦争はもう終わってしまって二度と起きそうになかったし、貧乏も高度経済成長によって駆逐されかけていたし、だいいち結核病棟で死と対話することなど可能性としてまったくあり得ない時代になっていたからである。

海軍中尉(敗戦により海軍大尉進級)だった阿川弘之が、なぜ「第一次戦後派」ではなく「第三の新人」に分類されているか、それは文学仲間の安岡章太郎の説明がわかりやすい。阿川弘之は酔っぱらうとすぐに軍艦マーチを歌い出すという噂があって、おかげで軍国主義者のように思われてだいぶ損をしている、これを当時の"与えられた自由"に対する反逆精神と見るのも当たらない、少しばかりこの種の「損」をしてみたかったのであろう、と。

『春の城』は、戦争を背景としているにもかかわらず、いわゆる戦争小説ではなく青春小説として、二十歳になったばかりの僕の前に現れた。

そのころレーモン・ラディゲの『肉体の悪魔』を読んだばかりで、物語は第一次世界大戦の勃発を同時進行で組み入れつつほとんどそれに触れないことにより、背後に隠されたリアリティがあることでかえって退屈な日常性が設定され、恋愛の舞台に選ばれていることに驚嘆した。

僕の幸福は戦争のおかげで生れかかっていた。僕はその大詰めもまた戦争に期待していた。(略)すでに僕たちは戦争の終りを考えていた。戦争の終りは、また僕たちの恋の終りでもあろう。

『春の城』の冒頭の印象がそこに通じ合うのは、考えてみれば当然なのだ。

若い主人公らは、戦争の予感を背景にごくふつうの日常を生きている。

主人公の小畑耕二は大学生であり、耕二より四歳上の伊吹幸雄は医学生、二人は広島の同じ川筋の町で育った。中学時代から、山登りやスキーに行ったり、釣りをしたり、絵や芝居を見るために旅行もした。耕二にとって伊吹は知識の上でも遊びでも兄貴分で、休暇になると郷里の家で話し込んだりする。伊吹の妹の智恵子は、耕二より一歳上で、彼女もときどきその仲間に加わる。耕二は、智恵子の地味にお下げにした髪、化粧気のない素肌の清潔な匂い、それらを好ましく感じていた。

彼らの日常性は一本の川の流れ、不変の時間のなかに置かれているかのようだった。

家の裏の白い川原は、夏、水浴びの子供達で賑わった。花崗岩質の、キラキラ光る砂の中にはたくさん蜆貝がいた。対岸の神社の森の下の淵で水に潜ると、水苔のついた大きな石の蔭では、川蝦が長い腕を用心深げに動かしていた。川は、上げ潮時にはその幅いっぱいのゆたかな水をたたえ、古下駄や果物の皮をうかべてこのあたりまでのぼって来るが、引き潮の時には清冽なながれとなって、その川蝦や鮒や蜆貝や沙魚の棲み家の上を、広島湾指してサラサラと流れくだる。川すじに貸ボート屋が店を出しはじめると、それはこの町に春が来る知らせであったし、それらが店をたたむのは、この町の秋がたけたしるしであった。

(次ページに続く)
春の城 / 阿川 弘之
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