北海道東北端にある根室の沖合に浮かぶ周囲8キロメートルの無人島ユルリ。上陸するだけでも根室市役所の許可がいる。しかし、かつて人が住んでいた時期もあり、彼らが島に運び込んだ馬の子孫が今もそこで生きているという。人影がまったく消え去った島の草原を馬たちが自由に駆け回っている幻の島である。
芸術学博士でもある優良な写真家の著者は、そこで出会う情景を、十年近く撮りつづけてきた。また、かつてそこに住んでいた人々との対話をおりまぜながら、野生化した馬の生態を描き出す。
この本を読みながら思うのは、ユルリ島に残された馬たちは幸福であるのか? という問いかけである。現実のユルリ島では、繁殖を抑えるために、雄馬は間引きされ、雌馬だけの群れができる。歳月を経れば、無人島の馬は絶滅する。だから、馬だけが暮らしている島は、いずれ幻のエピタフ(墓碑銘)しか残らない。
最後の住民にとって「人が間違ったことをしさえしなければ、馬はいつだって優しくて従順で、頼りになったんだ」という。2023年度JRA賞馬事文化賞に輝く美しく気品のある作品。