つい行ってみたくなる
旅の愉しみのなかに、地名の探索ということがある。たとえばイギリス旅行の友『The meaning of English place names』(Edward Harrington著)という小冊子。ただイギリスの地名の語源を列挙しただけのリストなのだが、古い国の地名には歴史があり、物語があり、行く行くその来歴を知ることは旅の愉しさの一つなのだ。さて、北海道の地名というものは、ほんとうに独特で面白い。もともとがアイヌ語に起源を持つことによるエキゾチックな響きやら、それに奇妙な漢字を宛てた明治政府の愉快な言語感覚やら、かれこれの結果として、内地にはないような風変わりな地名が多いのである。
本書は、その北海道の地名を、北海道出身の筆者が丹念に跡付けて、その歴史や現状などを、ある時は「その時歴史は動いた」風に、ある時は旅行ルポルタージュ風に、またある時は、グルメコラム風にと、多面的に案内したものである。
アイヌ語語源地名のなかにあって、たとえば函館などは、もともと享徳三(1454)年に豪族河野政通(まさみち)が箱のような姿の館を築いたのが語源だそうで、珍しく古い和語起源地名とある。しかも明治維新後になって、この和式の函館が正式に地名となり、それ以前はウショロ・ケシ(入江の・末端の意)というアイヌ語地名で呼ばれていたという。へえ、知らなかった!
さらに、第八章では、例の義経伝説を丹念に追いかけてみたりもする。全体に著者の好奇心と真摯な努力が読んで取れて、一読、わが心中に、北海道(蝦夷地)探索行への憧憬が澎湃(ほうはい)として起こる。カラー図版もなにもないが、好箇(こうこ)の北海道案内書と見付けたり。