書評

『日本人の病気と食の歴史』(ベストセラーズ)

  • 2020/02/06
日本人の病気と食の歴史 / 奥田 昌子
日本人の病気と食の歴史
  • 著者:奥田 昌子
  • 出版社:ベストセラーズ
  • 装丁:新書(280ページ)
  • 発売日:2019-10-17
  • ISBN-10:4584125880
  • ISBN-13:978-4584125885
内容紹介:
和食は本当に体にいいのか? 日本が長寿国になれたのはなぜ? 医学博士が和食と健康寿命の眞実、そして健康食の最新常識に迫る。

産業医が説く「養生」の基本

日本は1億2000万という大きな人口で「健康長寿」の大国になっている。大陸からの流入と混血で成り立ったとはいえ、島国だから遺伝子や体質に独自性もある。本土の日本人でも12%ほどは「縄文人」由来の列島内の独自性の高い遺伝子があり、沖縄やアイヌはこの割合がもっと高い。したがって、我々が自分の健康を考えようとすれば、日本列島人の「体質史」を知っておく必要がある。体質の獲得には、その集団が何を食べてきたかが決定的に重要である。長期にわたって、日本の人々が何を食べ、どんな死に方をして、いかなる体質に変化していったか。日本人の食物史、体質形成史をみておかねば、我々の健康法も危ういものとなる。

通常、歴史は歴史家が書くが、この本は健康を研究する産業医が書いている。独特な体質をもって、この国に生きていく人々の「養生」の基本を、医師が歴史的に説いた本を紹介したい。

まず、近年の研究で、縄文人が意外に長生きであったとの説を、この書は肯定する。「縄文人の約3割が65歳を超えるまで生きていた」という。事実ならば、ドングリ恐るべし。ドングリを食べる本州の縄文人はでんぷんや糖を摂るから虫歯が多かったという。寄生虫がいて虫歯があっても、それなりに生きたのかもしれないが、縄文人長命説はまだ留保であろうと思う。日本人は遺伝的に結核に弱い。発症率はアメリカの5倍である。近代まで結核は日本の「国民病」で抗生物質が普及する1950年代まで死因の上位にあったが、結核菌が入ってきたのは弥生時代からで、縄文人の結核は現在みつかっていないという。弥生後期の組織的稲作で、日本人の食生活は一変。安定化へ向かったが、採集社会よりも、大人数が密集する機会が増え、結核感染に拍車をかけたのだろう。

現代人につながる生活習慣病の淵源(えんげん)は、古代の貴族にあったろう。奈良朝の貴族が精白米を食したせいでビタミンB1不足となり、脚気(かっけ)が生じた。平安貴族はぜいたくである。仏教の肉・魚食忌避と運動不足もある。本書によれば、藤原道長は蘇(そ)(古代乳製品キャラメル)に蜜をかけて食べるなどして、日本最古の糖尿病患者になったという。貴族の日記を読んでみた歴史学者の目からすれば、宴会・飲酒の記事が極端に多いと感じる。当時の酒は糖度が高いから平安貴族の糖尿病の主因はおそらく過度な飲酒であろう。中世以前の酒の害悪は現在のようにアルコール分というより糖分にあった可能性がある。また、戦国時代から江戸期にかけて、日本人に梅毒が激増したことも触れられる。17世紀の人骨調査の結果も、梅毒が深刻で感染していない人のほうが少なかったとの本書の記述と一致している。現代の日本人は、猛烈な性病感染から生き残った人々の子孫である。

本書の全体を流れるトーンは日本の伝統食への高い信頼感である。鎌倉時代の食をうけつぐ禅僧の食事にも着目する。禅僧の食事は極端な粗食だが、血液検査の結果は異常なしだという。たんぱく摂取量が一般男性の65%、脂質は36%でも、体が機能しているらしい。禅僧には俗っぽい人もいるから、隠れて何か食べてやしないかと、一応、私は疑うが、日本の伝統食の方向性が体質にあっており、健康のために間違っていないという意見には賛成である。現在、大腸がんや乳がんが増え、日本人の体質にあわない洋食化が原因とされがちだが、問題はそこではない、と本書はいう。時間に追われ、食をないがしろにするのが、健康に一番よくない。その通りだと思う。
日本人の病気と食の歴史 / 奥田 昌子
日本人の病気と食の歴史
  • 著者:奥田 昌子
  • 出版社:ベストセラーズ
  • 装丁:新書(280ページ)
  • 発売日:2019-10-17
  • ISBN-10:4584125880
  • ISBN-13:978-4584125885
内容紹介:
和食は本当に体にいいのか? 日本が長寿国になれたのはなぜ? 医学博士が和食と健康寿命の眞実、そして健康食の最新常識に迫る。

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毎日新聞

毎日新聞 2020年1月19日

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