対談・鼎談

『鉄道大バザール』 (講談社)|丸谷才一+木村尚三郎+山崎正和の読書鼎談

  • 2017/11/13
木村 それから、この人はたいへんな皮肉屋ですね。アメリカ人てこんなに皮肉屋かしら。

丸谷 これはやはりイギリスかぶれでしょう。

木村 バングラディシュの産児制限推進論者と議論するところがあって〈ところであなた、子供を何人おもちですか?〉〈五人です〉〈五入も子供がいるとわかってしまうと、一体全体どうやって人々を納得させるのか〉というやりとりがありますね。

丸谷 いや、ぼくは、あそこは十人くらいにしたほうが、もっとユーモアが出るんじゃないかな、と思いました。どうせこういう本では、生の真実をだれも求めやしないんだから。いかにも子供を少ししか作らない国の文筆業者が書いた本だなあ、と思った。

木村 なるほど。そこまでは考えなかった(笑)。

丸谷 ぼくが読んで感心したのは、いろいろな旅の道連れが、セルーさんに、身の上話を延々と語りますよね。それを書くことによって、この本は華やかさというか、多様性を得ているわけです。

考えてみると、わたしも、汽車の道連れから身の上話を聞いたことがわりにあるんですよ。飛行機とか、船の中では、聞いた体験がどうもないんですね。とすると、汽車の旅行というものは、告白癖を刺激するような作用があるんじゃなかろうか。

木村 汽車のスピードと告白のスピードが合っているんですよ(笑)。

山崎 あえて理屈をいえば、汽車に乗っている時間というのが、ちょうどいいんですね。つまり、見知らぬ人間が会って、やや突っこんだ話をするには、比較的充ち足りた時間であって、たとえばバスの中では無理である。それに対して船ほど長くない。船というのは数日間一緒にいますから、自分の身元が全部わかる可能性がある。ということは、本当の友人になってしまうかもしれない。本当の友人に身の上話をするバカはまずいないですよ。ある程度無名であって……。

丸谷 そうそう、匿名的存在である。

山崎 匿名的存在であって、しかもある程度触れあえるちょうどいい時間をつくってくれるのが、汽車なんでしょうね。

それから、汽車というのは座席で向かいあっている四人ないし六人に限定される世界ですよね。これは、一人の人間が個性をもって浮かびあがってくるに十分な数で、しかもそこから逃げられない固定性ももっているでしょう。勢い前の人間と話をしてしまう。

ちょうど昔の駅馬車の中で人生が見えてくるのと同じようなものである。そう考えてみればモーパッサンの『脂肪の塊』という小説はまさに駅馬車の中で起こった話なんですね。

木村 それと、なんといっても土の上を走っているんですよね。

丸谷 そうそう、それが大きいと思うんです。

木村 船旅や空の旅では、地に足がついていないわけですよ(笑)。

丸谷 飛行機じゃあ、告白するにしては、あまりにも生命の危険を感じながら旅行している(笑)。

山崎 最後に苦言を呈すると、この人はそういう態度をとっていますので、一つ一つの文明批評的発言の深さはないですね。総じて近代化の遅れている国に対しては同情的ですが、近代化において自分たちを追い抜いている国に対しては非常に反感をもっている。その極致が日本です。彼は日本で新幹線に非常に反感をもちましたけれども、それは要するに、ある種の劣等感の裏返しにすぎない、と思います。

それから日本人は「L」と「R」の発言を混同するということを彼は執拗に繰り返している。そんなことは実につまらないことであって、それではアメリカ人やイギリス人が、日本語の「らりるれろ」を発音できるかということになるわけです。一つ一つの文明批評はその程度のものであって、であるが故に、彼の全体としての繰砂たるニヒリズムを読みとってあげるべきだというふうに見ているんです。

丸谷 だいたい、東京で、歌舞伎も能も観ないで、日劇ミュージックホール観るっていうのは、やっぱり、ああいうものが好きなのよ(笑)。ぼくは、それは非常にいいと思う。でも、それなら、「私はこういうものが好きだから観たんだ」と書けばいい。

山崎 その点、ソール・ベローは立派でしたよ。京都のストリップ劇場を観て、まこと正直に感動して帰った(笑)。

丸谷 歌舞伎も能も観て、さらにストリップも観る、という態度が、本当は小説家としていちばんいいと思う。

【この対談・鼎談が収録されている書籍】
鼎談書評  / 丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
鼎談書評
  • 著者:丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:-(326ページ)
  • 発売日:1979-09-00

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初出メディア

文藝春秋

文藝春秋 1978年1月6日

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