対談・鼎談

ジョン・K・ガルブレイス『不確実性の時代』(TBSブリタニカ/講談社)|丸谷才一+木村尚三郎+山崎正和の読書鼎談

  • 2018/01/17
不確実性の時代  / ジョン・K.ガルブレイズ
不確実性の時代
  • 著者:ジョン・K.ガルブレイズ
  • 出版社:ティビーエス・ブリタニカ
  • 装丁:-(494ページ)
  • ASIN: B000J8R3WQ

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木村 ガルブレイスは、日本でもよく知られているアメリカの経済学者で、『ゆたかな社会』とか、『新しい産業国家』その他の著書が日本語にも翻訳されていますが、これはBBC放送のテレビ番組で十三時間余にわたって講演したのをまとめたものです。

この本は、ガルブレイス流の経済史ないしは社会思想史というものを、思想と歴史との関わりの中で説き明かしています。

かつて、十八世紀、十九世紀といった時代には、社会経済体制の指導原理の上で人びとに確信を与え得るような哲学があり、それが人びとの判断力の支えになっていた。ところが現代では、そういう確信をもてるような哲学がなくなってしまった。それが『不確実性の時代』の基本的な趣旨です。

経済学の開祖アダム・スミスは、個人の自由な経済活動によって国が富んでゆくという「見えざる手」の理論を提唱しましたが、現在ではほとんど通用しなくなっている。つまりアダム・スミスに冷たく扱われた法人企業というものがいまはたいへん大きな力をもっているし、また国家そのものが大きな力を発揮するようになってきているわけです。

またマルクスは、資本主義が崩壊し、労働者の社会ないしは無階級の社会が出てくることを予言したわけですが、これも現在は、事実によって否定されてしまった。

十字軍の時代から、植民地主義というものが、一つの大きな力を欧米社会に与えていたわけですが、これもベトナム戦争の失敗とともに終わりを告げてしまった。

さらに米ソの軍事的な対立、軍拡の競争、核戦争の脅威などが現在というものを最も不確かなものにしている。現在、様々な問題がわれわれに突きつけられていますが、これを真正面から受けとめる勇気をもった指導者、たとえばマーチン・ルーサー・キングとか、ネールのような人格がいまこそ要請されているんだ、というわけです。

この本それ自体は、わたくしたちが生きてゆく上での明確な処方箋を与えているわけではない。しかし現代というものを、十九世紀と比較して、彼の該博な知識と鋭い論理構成によってクリアーに描き出している。その意味では、われわれに示唆を与えるところがたいへん大きいと思う。それに、この本がベストセラーだという事実そのものが、現代人の漠たる不安をよく表わしています。

丸谷 この人は非常に話術がうまいですよね。たとえばゴシップ的方法を駆使している。アダム・スミスはフランス語が苦手だったが、ヴォルテールと会ったときは、ヴォルテールは英語が得意だったから、非常に気楽に話ができたろう、とかね。

山崎 レーニンが封印列車でロシアへ帰るときに情婦を連れていたとか。しかも奥さんと一緒にね(笑)。

丸谷 マルクスは非常にロマンチックな男で、詩を書くのが好きだったけれども、その詩は読めたものじゃないとかね(笑)。つまり、美談よりもゴシップを好むという傾向があって、われわれ凡俗の徒の好奇心を満足させながら、しかもいろいろむずかしいことを教えてくれる。

ことにぼくがおもしろかったのは、次の個所です。

金持は、すべての階級のなかで、最も注目されながら、研究されることの最も少ない階級である。(中略)前世紀には同情心ある学者たちが、貧乏人の状態を思いやりの心で調査した。(中略)

これに反して金持は、こうした関心の対象からまったく外されていた。ヴィクトリア時代人にとって、金持は格好の小説の主題にはなったが、社会調査の対象ではなかった

社交界小説というのは、日本には非常に少ないんですが、西洋では小説の中心を占めているわけです。

山崎 本当にそうですね。

丸谷 プルーストの小説なんか、そのいちばん、大がかりなものですけど、とにかく小説の読者というものは金持の生活について知りたがるし、読んで憧れる。だから小説家は社交界を書く。小説家と経済学者とは分業のような形で社会階層の研究をやってたわけです。ところが日本では、小説家も経済学者も貧乏人の研究を一所懸命やっていた(笑)。

この本では、金持というものはいかにしてつくられるか、その金持である条件をどういうふうにして使うか、金持であることにはどういう不利な点があるか、などといろいろなことが書いてある。在来の経済学書と違う、幅の広い視点から、人間の経済的生活を考えようとしてる人だなと思いましたね。

山崎 わたくしは、これを読んで、ケネディ政権を支えた一群のアメリカのインテリ、いわゆる東部体制派知識人の育ちと、教養、それから世界観のようなものが、非常によくわかった。

ガルブレイス氏はたぶんその象徴だと思いますが、一九三〇年代の大恐慌時代、ボストンのハーバード大学という一つの閉じられた世界の中で、非常に恵まれた生活をしていた。部屋と食事が大学から支給され、その上、必要な給与も与えられて、〈毎朝ゆっくりと朝食をとり、同僚の一人が前の晩に珍しく堕落的な冒険を異性相手に持ったという話などを〉語りながら、ケインズ理論の勉強をしていた。当時ロサンジェルスでは道端に失業者があふれて懸命に小銭を求めていたわけです。

そして世代的に非常に好運なことに、彼らはスペイン戦争というものすら実感としては経験してないんですね。この本を読んでみても、ヨーロッパの知的階級にとって、この時代を描写するなら絶対に抜き難いスペイン戦争の悲劇というものが問題にされてない。

したがって、この人たちが世界観的な幻滅を味わったのは、ベトナム戦争が最初の体験だった。それまで、マルクス主義に対する痛烈な幻滅も味わわず、同時に、アメリカの知的社会に対する一種の楽観的な見方の中に安住できたわけですね。それだけに、ちょうど初心な青年がもつような理想主義をもって、ケネディ政権という少し異様な政権と組んで、非常に幸福な蜜月を送り、自分たちが何をしているか、さっぱりわからないままに、結局はベトナム戦争に転がりこんで行ったわけですね。

そして、齢、五十を越して最初の世界観的幻滅を味わった。この年になって彼は、世界は不確実だということに気づいた。いわばたいへん幸せな人だ、という感じがします。

もう一つ、この本の全体を通じて、一行も書かれていないのは大衆化社会ということです。わたくしにいわせれば、現代社会の不確実性というものを生み出した要因は大衆の擡頭(たいとう)ということなんですね。そのことは、たとえば一人のスペインの知識人、オルテガ・イ・ガセットにとっては一九三〇年代にわかっていたことなんですね。ところが、彼はそのことにはあまり気づいていない。ですから、それほどにも彼は幸せなところにいたんだな、という印象です。

(次ページに続く)

初出メディア

文藝春秋

文藝春秋 1978年4月11日

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