自著解説
『古代の政事空間と文字文化: 前方後円墳・宮都・ことば』(八木書店)
研究の細分化や担い手減少が危惧される日本古代史分野。文献史学の枠を超え、考古学や出土文字史料を融合した広領域を「古代学」としてとらえ、国家の諸問題を解き明かす。最新の研究論文40本を収録した学術書、同時2冊刊行。
毎年、古代史分野では、多くの著書・論文が公表されている。かつて『史学雑誌』の第5号「回顧と展望」を担当したときは、500本前後であった。最近では、少なくなっているという。ただし、古代史学に関係する考古学や古代文学の数を加えれば、500本よりもさらに多くなることはまちがいない。それぞれ精魂を込めた仕事のはずであるが、すべての研究成果に目を通すことは、もはや不可能といってよい。
研究の進展につれて考察が高度化・精緻化するのは、研究の性格からみれば当然の成りゆきである。ただし、古代史研究全体を見渡した研究姿勢や、それぞれの研究意義を明確にしたものでなければ、スコラ的といわれても致し方ない。もちろん細小な史実の解明であっても、その研究領域や学界全体を揺り動かすような成果となれば、古代史研究に資することは、はなはだ大きなものがある。
最近の「回顧と展望」を見ると、「研究の細分化が進み、関心は分散し、インパクトのある論文は少ない」(2024年の歴史学界。『史学雑誌』133-5、2025年)と記されている。嘆かわしい事態に陥っているのである。背景には、大学院に進んで研究を深めようとする大学院生の減少があげられているが、この問題は深刻である。しかも、院生だけではなく、国公立大学における古代史担当教員の少なさには、愕然とするものがある。両者間には、負のスパイラルがはたらいているのかもしれない。
「日本を愛そう」と叫ぶ政治家は少なくないが、日本史の基礎的研究を担う研究・教育の現場には、ほとんど関心が向いていない。嘆いているだけでは始まらないので、改善の声をあげるとともに、「歴史のおもしろさ」を追究する研究と発信を地道に進めていかねばなるまい。その一つの対応策が本書『古代の政事空間と文字文化—前方後円墳・宮都・ことば—』『古代の政事と支配の展開—律令・地域・対外関係—』である。
聞くところによると、日本考古学協会の会員数の減少が続いているという。考古学協会では、埋蔵文化財センターなどの行政に所属している会員は、定年とともに協会を辞める傾向があるという。学会費の問題と関係するだろうが、歴史系の学会にもこうした事情は同じだろう。日本史研究会でも、会員の減少が激しいという(『日本史研究』762、2026年)。何とか有効な手段を見つけてほしいと祈りたい。定年退職とともに、研究を自由に展開して、学会活動にも寄与できる状況にしたいものである。
本書『古代の政事空間と文字文化—前方後円墳・宮都・ことば—』『古代の政事と支配の展開—律令・地域・対外関係—』は、列島古代の総体的な研究を志すものである。本来の歴史学は、文字史料にとどまらず、人々が歴史上に残した「もの」全体を研究対象とする。これを広義の歴史学と呼んでおこう。大学で呼ばれる「歴史学」は、「物」を研究対象とする考古学や古代文学などを除くことが多い。これを狭義の歴史学と言おう。いわゆる「文献史学」である。広義の歴史学は、歴史学(狭義)・考古学・古代文学などから構成されるが、本書では古代文学研究者の参加はかなわなかった。考古学と古代史学とでは、広義の歴史学として共通する要素が多いが、私が研究分野とする日本列島の古代史では、「文献」だけを対象にすることはもはやできない。学問として成り立たないからである。いわゆる金石文や出土文字史料(木簡・墨書土器・文字瓦など)を、研究対象とするだけではない。王宮の構造や生産・交通・集落址など考古学研究の成果にも注視しなければ、研究として成立しない。
したがって、狭義の歴史学を「文献史学」と呼称することには、強い違和感をもっている。かつては「文字情報史学」とも呼称したことがあったが、最近では「古代学」という広領域の言葉を使うようにしている。なぜなら考古学に限らず、歌謡や日本語の音義などの文字が、木簡や墨書土器などとして出土する今日、同時代史料としては歴史学(狭義)と考古学・文学などの「境界」は、存在しないからである。遺構・遺跡や遺物の性格を知らずして、木簡や墨書土器の文字だけを分析することはできない。しかし、「言うは易し」で、なかなか実行するのは難しい。各人の能力・力量には、受講してきた教育カリキュラムが関係しているからである。
日本の大学では、日本史(旧国史)の専攻・学科から、考古学専攻・学科が分立したケースが少なくない。そのため考古学の多くは、事実上日本考古学となっていることが多い。ところが、旧専攻・学科との連携が必ずしも十分ではない。学部で専攻・学科として独立すると、学問研究の対象・方法などが異なっているので、独立したカリキュラムが作られる。そうした際、相互に学科目を配慮しない傾向にある。そのため学際的能力を育むカリキュラムが作られないのが現状であろう。私の研究・教育経験でいえば、よほど意識的に研究環境を整えないと、専攻・学科間では風通しさえよくないことがある。
そもそも修士課程と博士課程において、体系的カリキュラムをもつ自然系の大学院研究科とは異なって、人文系では「教授の自由」を盾に相互の往来・越境ができない場合もある。大学院教育の改革は、組織的に取り組まなければ、教員個人の努力に終わってしまい、その人がいなくなれば元の木阿弥である。今一度、古代史研究の学徒は、古代史をめぐる学界状況を大学の枠を越えて、議論する必要があるのではなかろうか。
ところで、本書で使用している「政事」(音読は「せいじ」、訓読は「まつりごと」)について一言説明しておきたい。現在とは異なって、『日本書紀』では「政事」の言葉が使用され、「政治」の語はみられない。『続日本紀』においても、「但し政事は、常の祀り小事は今の帝(淳仁天皇)行ひ給へ。国家の大事賞罸二つの柄は朕(孝謙太上天皇)行はむ」(天平宝字6年〔762〕6月庚戌条)というように、国家の統治・行政行為に普通に使われていた。むしろ「政治」の方は、「政治宜しきを失ひ」(天平勝宝5年〔753〕4月丙戌条)、「政治灼然にして」(延暦5年〔786〕4月甲午条)の2例しかない。
ほぼ同じような意味で使われているが、「政事」の語は平安時代の法制書『政事要略』(惟宗允亮編。平安中期に成立)の名称にあるように、当時使われていた一般的な言葉である。一方の「政治」の語は、「治める」方に重点がおかれているのだろう。このように、「政事」に対する当時の使い方を尊重して、本書の名称に採用した。当時の語感を重視するのは、古代に対する理解において適切であろう。

『古代の政事空間と文字文化—前方後円墳・宮都・ことば—』『古代の政事と支配の展開—律令・地域・対外関係—』には、国内外の古代史学・考古学にすぐれた研究業績をあげている研究者に、数多くの論文を寄稿いただいた。旧来の古代史学・考古学・古代文学という境界をこえた「古代学」をめざした論文群である。
『古代の政事空間と文字文化―前方後円墳・宮都・ことば―』では、執筆された内容から考え、「前方後円墳という政事空間」という第一部、「政事の拠点としての宮都・官衙」の第二部、「古代社会と文字文化」の第三部に分けて構成した。
一方、『古代の政事と支配の展開―律令・地域・対外関係―』では、執筆された内容から考え、「律令制・礼制の実像」という第一部、「地域社会における支配の実態」の第二部、「古代社会と国際交流」の第三部に分けて構成した。
以上の論文にみられるように、論点は多岐にわたっているが、いずれも新しい論点を付け加え、または再論して議論を発展させようとする意欲的な論文群である。編者として、「インパクトのある論文」が少なくないと思われるので、ぜひ味読してほしいと思う。
[書き手]
吉村 武彦(よしむら たけひこ)
1945年生。明治大学名誉教授。日本古代史。
[主な著書]
『古代王権の展開』〈日本の歴史3〉(集英社、1991年)
『日本古代の社会と国家』(岩波書店、1996年)
『日本社会の誕生』〈日本の歴史1〉(岩波ジュニア新書、1999年)
『聖徳太子』(岩波新書、2002年)
『律令制国家と古代社会』(編著、塙書房、2005年)
『ヤマト王権』〈日本古代史2〉(岩波新書、2010年)
『女帝の古代日本』(岩波新書、2012年)
『古代山国の交通と社会』(共編、八木書店、2013年)
『日本古代の国家と王権・社会』(編著、塙書房、2014年)
『蘇我氏の古代』(岩波新書、2015年)
『大化改新を考える』(岩波新書、2018年)
『新版 古代天皇の誕生』(角川ソフィア文庫、2019年)
『明治大学図書館所蔵 高句麗広開土王碑拓本』(共編、八木書店、2019年)
『シリーズ古代史をひらく』全6冊、(共編著、岩波書店、2019-2021年)
『日本古代の政事と社会』(塙書房、2021年)
『律令制国家の理念と実像』(編著、八木書店、2022年)
『墨書土器と文字瓦―出土文字史料の研究―』(編著、八木書店、2022年)他多数。
古代史研究の現状と課題
毎年、古代史分野では、多くの著書・論文が公表されている。かつて『史学雑誌』の第5号「回顧と展望」を担当したときは、500本前後であった。最近では、少なくなっているという。ただし、古代史学に関係する考古学や古代文学の数を加えれば、500本よりもさらに多くなることはまちがいない。それぞれ精魂を込めた仕事のはずであるが、すべての研究成果に目を通すことは、もはや不可能といってよい。研究の進展につれて考察が高度化・精緻化するのは、研究の性格からみれば当然の成りゆきである。ただし、古代史研究全体を見渡した研究姿勢や、それぞれの研究意義を明確にしたものでなければ、スコラ的といわれても致し方ない。もちろん細小な史実の解明であっても、その研究領域や学界全体を揺り動かすような成果となれば、古代史研究に資することは、はなはだ大きなものがある。
最近の「回顧と展望」を見ると、「研究の細分化が進み、関心は分散し、インパクトのある論文は少ない」(2024年の歴史学界。『史学雑誌』133-5、2025年)と記されている。嘆かわしい事態に陥っているのである。背景には、大学院に進んで研究を深めようとする大学院生の減少があげられているが、この問題は深刻である。しかも、院生だけではなく、国公立大学における古代史担当教員の少なさには、愕然とするものがある。両者間には、負のスパイラルがはたらいているのかもしれない。
研究の現場が直面する危機と「歴史のおもしろさ」
「日本を愛そう」と叫ぶ政治家は少なくないが、日本史の基礎的研究を担う研究・教育の現場には、ほとんど関心が向いていない。嘆いているだけでは始まらないので、改善の声をあげるとともに、「歴史のおもしろさ」を追究する研究と発信を地道に進めていかねばなるまい。その一つの対応策が本書『古代の政事空間と文字文化—前方後円墳・宮都・ことば—』『古代の政事と支配の展開—律令・地域・対外関係—』である。聞くところによると、日本考古学協会の会員数の減少が続いているという。考古学協会では、埋蔵文化財センターなどの行政に所属している会員は、定年とともに協会を辞める傾向があるという。学会費の問題と関係するだろうが、歴史系の学会にもこうした事情は同じだろう。日本史研究会でも、会員の減少が激しいという(『日本史研究』762、2026年)。何とか有効な手段を見つけてほしいと祈りたい。定年退職とともに、研究を自由に展開して、学会活動にも寄与できる状況にしたいものである。
文献史学を超えた、広領域の「古代学」へ
本書『古代の政事空間と文字文化—前方後円墳・宮都・ことば—』『古代の政事と支配の展開—律令・地域・対外関係—』は、列島古代の総体的な研究を志すものである。本来の歴史学は、文字史料にとどまらず、人々が歴史上に残した「もの」全体を研究対象とする。これを広義の歴史学と呼んでおこう。大学で呼ばれる「歴史学」は、「物」を研究対象とする考古学や古代文学などを除くことが多い。これを狭義の歴史学と言おう。いわゆる「文献史学」である。広義の歴史学は、歴史学(狭義)・考古学・古代文学などから構成されるが、本書では古代文学研究者の参加はかなわなかった。考古学と古代史学とでは、広義の歴史学として共通する要素が多いが、私が研究分野とする日本列島の古代史では、「文献」だけを対象にすることはもはやできない。学問として成り立たないからである。いわゆる金石文や出土文字史料(木簡・墨書土器・文字瓦など)を、研究対象とするだけではない。王宮の構造や生産・交通・集落址など考古学研究の成果にも注視しなければ、研究として成立しない。したがって、狭義の歴史学を「文献史学」と呼称することには、強い違和感をもっている。かつては「文字情報史学」とも呼称したことがあったが、最近では「古代学」という広領域の言葉を使うようにしている。なぜなら考古学に限らず、歌謡や日本語の音義などの文字が、木簡や墨書土器などとして出土する今日、同時代史料としては歴史学(狭義)と考古学・文学などの「境界」は、存在しないからである。遺構・遺跡や遺物の性格を知らずして、木簡や墨書土器の文字だけを分析することはできない。しかし、「言うは易し」で、なかなか実行するのは難しい。各人の能力・力量には、受講してきた教育カリキュラムが関係しているからである。
大学教育と大学院カリキュラムの学際的改革
日本の大学では、日本史(旧国史)の専攻・学科から、考古学専攻・学科が分立したケースが少なくない。そのため考古学の多くは、事実上日本考古学となっていることが多い。ところが、旧専攻・学科との連携が必ずしも十分ではない。学部で専攻・学科として独立すると、学問研究の対象・方法などが異なっているので、独立したカリキュラムが作られる。そうした際、相互に学科目を配慮しない傾向にある。そのため学際的能力を育むカリキュラムが作られないのが現状であろう。私の研究・教育経験でいえば、よほど意識的に研究環境を整えないと、専攻・学科間では風通しさえよくないことがある。そもそも修士課程と博士課程において、体系的カリキュラムをもつ自然系の大学院研究科とは異なって、人文系では「教授の自由」を盾に相互の往来・越境ができない場合もある。大学院教育の改革は、組織的に取り組まなければ、教員個人の努力に終わってしまい、その人がいなくなれば元の木阿弥である。今一度、古代史研究の学徒は、古代史をめぐる学界状況を大学の枠を越えて、議論する必要があるのではなかろうか。
当時の語感を重視した「政事」の採用理由
ところで、本書で使用している「政事」(音読は「せいじ」、訓読は「まつりごと」)について一言説明しておきたい。現在とは異なって、『日本書紀』では「政事」の言葉が使用され、「政治」の語はみられない。『続日本紀』においても、「但し政事は、常の祀り小事は今の帝(淳仁天皇)行ひ給へ。国家の大事賞罸二つの柄は朕(孝謙太上天皇)行はむ」(天平宝字6年〔762〕6月庚戌条)というように、国家の統治・行政行為に普通に使われていた。むしろ「政治」の方は、「政治宜しきを失ひ」(天平勝宝5年〔753〕4月丙戌条)、「政治灼然にして」(延暦5年〔786〕4月甲午条)の2例しかない。ほぼ同じような意味で使われているが、「政事」の語は平安時代の法制書『政事要略』(惟宗允亮編。平安中期に成立)の名称にあるように、当時使われていた一般的な言葉である。一方の「政治」の語は、「治める」方に重点がおかれているのだろう。このように、「政事」に対する当時の使い方を尊重して、本書の名称に採用した。当時の語感を重視するのは、古代に対する理解において適切であろう。

本書の構成と「インパクトのある論文群」
『古代の政事空間と文字文化—前方後円墳・宮都・ことば—』『古代の政事と支配の展開—律令・地域・対外関係—』には、国内外の古代史学・考古学にすぐれた研究業績をあげている研究者に、数多くの論文を寄稿いただいた。旧来の古代史学・考古学・古代文学という境界をこえた「古代学」をめざした論文群である。『古代の政事空間と文字文化―前方後円墳・宮都・ことば―』では、執筆された内容から考え、「前方後円墳という政事空間」という第一部、「政事の拠点としての宮都・官衙」の第二部、「古代社会と文字文化」の第三部に分けて構成した。
一方、『古代の政事と支配の展開―律令・地域・対外関係―』では、執筆された内容から考え、「律令制・礼制の実像」という第一部、「地域社会における支配の実態」の第二部、「古代社会と国際交流」の第三部に分けて構成した。
以上の論文にみられるように、論点は多岐にわたっているが、いずれも新しい論点を付け加え、または再論して議論を発展させようとする意欲的な論文群である。編者として、「インパクトのある論文」が少なくないと思われるので、ぜひ味読してほしいと思う。
[書き手]
吉村 武彦(よしむら たけひこ)
1945年生。明治大学名誉教授。日本古代史。
[主な著書]
『古代王権の展開』〈日本の歴史3〉(集英社、1991年)
『日本古代の社会と国家』(岩波書店、1996年)
『日本社会の誕生』〈日本の歴史1〉(岩波ジュニア新書、1999年)
『聖徳太子』(岩波新書、2002年)
『律令制国家と古代社会』(編著、塙書房、2005年)
『ヤマト王権』〈日本古代史2〉(岩波新書、2010年)
『女帝の古代日本』(岩波新書、2012年)
『古代山国の交通と社会』(共編、八木書店、2013年)
『日本古代の国家と王権・社会』(編著、塙書房、2014年)
『蘇我氏の古代』(岩波新書、2015年)
『大化改新を考える』(岩波新書、2018年)
『新版 古代天皇の誕生』(角川ソフィア文庫、2019年)
『明治大学図書館所蔵 高句麗広開土王碑拓本』(共編、八木書店、2019年)
『シリーズ古代史をひらく』全6冊、(共編著、岩波書店、2019-2021年)
『日本古代の政事と社会』(塙書房、2021年)
『律令制国家の理念と実像』(編著、八木書店、2022年)
『墨書土器と文字瓦―出土文字史料の研究―』(編著、八木書店、2022年)他多数。
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