書評

『写真があってよかった。:森山大道伝』(新潮社)

  • 2026/08/12
写真があってよかった。:森山大道伝 / 大竹 昭子
写真があってよかった。:森山大道伝
  • 著者:大竹 昭子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(320ページ)
  • 発売日:2026-06-24
  • ISBN-10:4104067024
  • ISBN-13:978-4104067022
内容紹介:
森山大道の写真を辿ることは戦後写真史を語ることに等しい。待望の初評伝。独自なプリントと徹底的に路上スナップショットにこだわるスタイルで、日本写真を牽引してきた森山大道(1938年生)… もっと読む
森山大道の写真を辿ることは戦後写真史を語ることに等しい。待望の初評伝。
独自なプリントと徹底的に路上スナップショットにこだわるスタイルで、日本写真を牽引してきた森山大道(1938年生)。世界最高峰のハッセルブラッド国際写真賞を受賞するなど、国際的巨匠となった写真家がいかに誕生し、時には絶望的なスランプと格闘しながら、進化を続けたのか。同時代の写真・文化シーンといかに共振したのか。緻密な調査やインタビューで劇的な生と創造の深淵に迫る。

共振する体験「写真の行為をたどり物語る」

著者と森山大道との出会いは、一九八四年、日本の写真家の海外展を準備していたキュレーターの通訳としてのことだった。この仕事が、継続的に写真とかかわる大きなきっかけになったという。複数の時期におよぶ長いインタビューと作品の読み込みを経て、伝記の体裁をとる本書が編まれた。

型は守られている。一九三八年、現在の大阪府池田市で一卵性双生児の兄弟の弟として生まれたこと、一歳のときその兄が死んだこと、少年期は内向的で学校の教室には行かず、図書室にこもり、街を彷徨(ほうこう)していたこと、デザイン事務所で世話になりながら写真に興味を抱きはじめたこと、父親が列車事故で亡くなったこと、写真スタジオに籍を得ながら、ウィリアム・クラインの写真集『ニューヨーク』に刺戟(しげき)されて東京を目指したこと。文脈に応じた時系列の入れ替えはあるものの、写真史的に重要な出来事がほぼ編年で並ぶ。

人間関係において、森山は強運の持ち主だった。上京してすぐ東松照明を知り、細江英公の助手となって三島由紀夫を被写体にした『薔薇刑』の撮影に立ち会い、そのプリントを担当する。編集者としての中平卓馬と出会い、ブレとボケと粒子の粗い写真の代名詞のようになった『プロヴォーク』に参加、写真雑誌の編集者たちの依頼で、いくつもの連載をこなし、文章も書いた。紹介したい逸話は数多くある。ただ、本書の読みどころは、森山の足跡と戦後写真史だけでなく、対象に託すかたちで書き手の内面をふと漏らし、批評に寄った声を差し挟む間合いでもある。

森山の仕事の特異な点は、当人にもなにをやりたいのか、なぜそうしたのか理由がその時点ではわからず、あとになって徐々に理解されるというものだった。意味が時間をかけて、向こうから浮かびあがってくるまで待ちつづける。あるいは放棄しておくのだ。

いまでは考えられないことだが、産院の許可のもと、ホルマリン漬けの胎児を取り出して、ポーズを取らせるようにして撮影した六四年の「無言劇」はその最初の事例である。「通常は生きているものをシャッターを押して停止させる(死なせる)が、ここでは死んでいるものが写真によって生きた状態にもどされている」。ここには母の胎内でともに生きた双子の兄の影も差している。

ストリートスナップとは異質な作品の真意を写真家自身が悟るのは、二〇〇三年、パリのカルティエ財団現代美術館における個展の折だったし、七八年に北海道で撮影され、一部を発表したのみでお蔵入りになっていたシリーズの質が再認識されるには、〇八年の展覧会を待たねばならなかった。

その間、森山は写真とはなにかがわからなくなるほどの危機に陥った。乗り越えたとたん「ごまかし」が見えて、また袋小路に入る。「シャッターは押してしまうが、自分が撮っているという実感はなく、ただ訳もわからずに押しているに過ぎない」という無力感。いっときは薬物中毒に苦しみながら、それでも写真を捨てずにいた弱さと強さの共存を、著者は距離をとって見つめる。

距離があるからこそ、読者は語りの温度が上昇する箇所に引き寄せられる。〇三年のパリでの個展でウィリアム・クラインが森山の肩を抱いているのを見て、「持続することの困難さを知っている者同士が、言葉を超えて語り合っているような心を揺さぶられる光景だった」と記す場面がそのもっともつよい例だが、より印象深いのは、八七年、森山が渋谷に開いたばかりの私設ギャラリーで展示を見たあと話をした折のことを記す一節だ。

とりたてて話題はなく、こちらが問うことに言葉を探してぽつりぽつりと答えてくれ、気がつくと四時間近くたっていた。外界が遠ざかり、別の時空に連れ去られたようなあの日の時間のありようは、いまもなお森山大道について考えるときの核になっている。

ともに過ごした時間が写真を撮る行為とおなじ質感で経験され、伝記作者とその対象が体験レベルでおだやかに共振し、自意識や外界から切り離されて無意識に沈んでいくような没入感をなぞっている。このやわらかい視点が、系統立てず、それぞれの写真に適した焼き方でプリントされた〇七年刊行の『ハワイ』に対する、精度の高い読みをもたらした。「まるで人間以外のものが撮っているかのような不思議な浮遊感」のなかで、「ひとつの声に支配されずに互いに共鳴しあい、島空間らしいポリフォニーを響かせている」と。

一九年、ハッセルブラッド国際写真賞の授賞式で、森山は「自分の写真をアートとは思っていない」と述べた。世界は無数の断片からできている。その断片が共鳴する世界と自分との関係を摑(つか)むのが写真だと森山は言う。だからこそハワイに残る太古の自然と無言の胎児が、都市の猥雑(わいざつ)を呑(の)み込んでつながるのだ。「写真の行為をたどり物語る」、そのあらたな通過点がここにある。
写真があってよかった。:森山大道伝 / 大竹 昭子
写真があってよかった。:森山大道伝
  • 著者:大竹 昭子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(320ページ)
  • 発売日:2026-06-24
  • ISBN-10:4104067024
  • ISBN-13:978-4104067022
内容紹介:
森山大道の写真を辿ることは戦後写真史を語ることに等しい。待望の初評伝。独自なプリントと徹底的に路上スナップショットにこだわるスタイルで、日本写真を牽引してきた森山大道(1938年生)… もっと読む
森山大道の写真を辿ることは戦後写真史を語ることに等しい。待望の初評伝。
独自なプリントと徹底的に路上スナップショットにこだわるスタイルで、日本写真を牽引してきた森山大道(1938年生)。世界最高峰のハッセルブラッド国際写真賞を受賞するなど、国際的巨匠となった写真家がいかに誕生し、時には絶望的なスランプと格闘しながら、進化を続けたのか。同時代の写真・文化シーンといかに共振したのか。緻密な調査やインタビューで劇的な生と創造の深淵に迫る。

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初出メディア

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毎日新聞 2026年7月18日

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