書評
『加藤晴久文集: 文学・思想篇』(幻戯書房)
読書日記
大学院時代の恩師で、ピエール・ブルデューの翻訳で知られる加藤晴久先生が長年さまざまなメディアに寄稿したテクストを二巻にまとめた『加藤晴久文集Ⅰ 文学・思想篇』『加藤晴久文集Ⅱ 語学教育篇』(幻戯書房 各三八〇〇円+税)を出されたので、院生時代のことを思い出しながら読み耽っている。私が受講した加藤先生の演習はサルトルの《L'IMAGINAIRE》(邦訳『想像力の問題』人文書院)の徹底読解で出席者は毎回、三、四人だったが、これほどに密度の濃い授業はなかった。そこで加藤先生が繰り返し言われていたのは、たとえ思想書であっても、フランス語を活字だけで理解しようとするのには無理があるということ。プラティックの能力が不足していると、思わぬところで足を掬われる。覚えているのは『想像力の問題』の訳者がサルトルの口癖の一つであるpurement et simplementを律義に「純粋に単純に」と訳していたこと。日常会話でよく使われる表現で、「ただたんに」という意味なのだ。《démarche purement et simplement absurde》は「ただただ馬鹿げた行動」(『Le Dico 現代フランス語辞典』白水社)と訳される。哲学書だという思い込みが訳者を誤らせたのだろうというのが加藤先生の「思いやりある」指摘であった。
二冊の文集のテクストのうち記憶に強く残っていたのが一九七九年に『翻訳の世界』に掲載された「欠陥翻訳時評 『自己批判』(L・アルチュセール)」である。というのも、このころ私はクリスチャン・メッツの《Le Signifiant Imaginaire》の翻訳をやっていたので、加藤先生に献呈したら、こてんぱんにやっつけられるのではないかと恐れたからだ。なにしろ訳文を読んだだけで誤訳がわかってしまうという慧眼の先生である。元加藤ゼミの院生が感じた恐怖がいかばかりだったか容易に想像できるだろう。
誤訳指摘者としての秋霜烈日ぶりを知りたいという向きには『星の王子さま』の版権切れを機会に各出版社が出した新訳十四点と内藤濯訳を比較検証し、厳しく採点した『憂い顔の『星の王子さま』』(書肆心水)がお勧めだが、文集にはこの本のエッセンスともいうべき「翻訳とは忠実さの芸術である」が収録されている。そこで開陳されている翻訳の三則は翻訳者なら全員が拳々服膺すべき原則である。
翻訳作業の第一段階は、原文の単語、句、文がそれ自体として意味するところ(デノテーション)を『正確に』理解することである。つぎに、あるいは同時に、作品のなかの単語、句、文は他の単語、句、文との連関においても独自の意味(コノテーション)をもっているのであるから、これを読み取らなければならない。(中略)そのうえで、いよいよ、原文の内容を『正確に』『忠実に』伝える日本語文を『発明』する、『創造』するのである。ところが日本における翻訳は、すでに『デノテーション』の理解の段階でつまずくケースがあまりに多いことに問題がある。
訳文だけ読んでも論理的におかしいと気づくことがあるのは、訳者がデノテーションの段階で誤った解釈をしている証拠なのである。ところが、日本語というのは論理的におかしくてもなんとなく通用してしまうところがあるので、誤訳も見過ごされがちなのだ。
『文集Ⅰ』で特に深く感じ入ったのは「バリバール『プロレタリア独裁とはなにか』訳者解説」と「スターリン主義と民主集中制 フランス共産党の場合」という二つのテクストである。というのも、左翼反対派としてのアルチュセールやその弟子のバリバール(加藤先生はエコール・ノルマル・シュペリュールでアルチュセールの教えを受け、バリバールとは寮で起居をともにした仲)などの党員知識人がフランス共産党の内部に留まりながら《修正 réviser》ではなく、《是正 rectifier》を求め続け、最終的には「共産党内でこれ以上続いてはならぬこと」(一九七八年四月に「ル・モンド」に発表)において、悪名高き民主集中制の廃止まで主張していたことはまったく知らなかったからだ。
論説「アルチュセールと知識人党員の『造反』」の最後は「フランス共産党は変わった。いや党員自身が変えたのだ、と言うべきだろうか」という希望に満ちた言葉で終わっているが、現実には、フランス共産党のマルシェ書記長は知識人たちの訴えに耳をかさず、共産党の支持率はその後も下降し続けた。そして、冷戦崩壊のあとの一九九四年、党大会でついに民主集中制が放棄され、マルシェは辞任するが、ときすでに遅しで、以後、共産党は解党的状況に陥って今日に至っているのである。
いっぽう日本共産党はというと民主集中制が公式に議論の対象となったことはいまだにない。よって「バリバール『プロレタリア独裁とはなにか』訳者解説」の中の次の言葉は五〇年近くたったいまでも大きな意味をもっているのである。
アルチュセールとバリバールが論じている問題はすべて、われわれにとってアクチュアルな重要性を持っている。それらの問題をめぐる――革命党の内・外において、また内⇄外において必要な――自由で活発な討論の展開に本書が資するところがあるとすれば、『ミリタン』としての活動の一環と考えて仕事をすすめた訳者の労は十分にむくいられたと言うべきであろう。
そう、加藤晴久先生は常にミリタン(闘士)であったのだ。誤訳指摘においても、また天職と考えていたフランス語語学教育においても、闘い続けた人なのだ。
なお『文集Ⅰ』収録の「『ル・モンド』から世界を読む」は日本のジャーナリズムのレベルがいかに低下し、日本が井の中の蛙になっているかをいやというほど思い知らされるこれまた過激な報告書で、本書を繙くならまずはここから読み始めることをお勧めする。
週刊文春 2026年7月16日
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