読書日記

鹿島茂「私の読書日記」2016年9月22日号『論理学 考える技術の初歩』『「ル・モンド」から世界を読む 2001-2016』

  • 2017/08/20

週刊文春「私の読書日記」

×月×日

なんだか毎年書いているような気がするが、今年も夏休みはいっさいなしで文学賞や文芸賞の選考のための本読みばかり。その間に「こころ」(平凡社)で新しく連載が始まった「思考の技術論」のために本を集中して読まなければならない。「思考の技術論」と題したのは調べてみると少なからぬ哲学者が「正しく考える方法」の類いの思考のハウ・トゥー本を書いているので、これをもとに一冊、本が書けないかと考えたからだ。デカルトの『方法序説』はその意味を補うと「正しく考えるための方法序説」だし、デカルト自身『精神指導の規則』という本も著している。パスカルには「幾何学的精神について」という小論があり、ロックにも『知性の正しい導き方』という本がある。

そう思っているところにタイミングよく翻訳されたのがエティエンヌ・ボノ・ド・コンディヤック『論理学 考える技術の初歩』(山口裕之訳 講談社学術文庫 860円+税)。「解説」によると、本書はポーランド国民教育委員会の依頼を受けて執筆された「正しく考える方法」の入門書であるというから、まさにドンピシャリの本ということになる。

論理学 考える技術の初歩  / エティエンヌ・ボノ・ド・コンディヤック
論理学 考える技術の初歩
  • 著者:エティエンヌ・ボノ・ド・コンディヤック
  • 翻訳:山口 裕之
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(240ページ)
  • 発売日:2016-07-12
  • ISBN:4062923696
内容紹介:
「啓蒙」の18世紀フランスを代表する思想家が最晩年に残した著作、ついに本邦初訳! 「正しく考える方法」を学ぶための最良の書。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

序論の「この本の目的」からして明快だ。すなわち、正しく考える方法が見つけにくいのは「それが存在しない場所で探してしまった」からであるが、「これまでに人々が、それが存在しない場所を探しておいてくれたおかげで、我々にはそれが存在する場所が示されたのだ」という。では正しく考える方法はどこにあるのか? それは自然の中である。人間がものを動かしたり運んだりするとき、まず腕を使い、腕の弱さを補うためにテコを使うのと同じように、考える技術も自然の中にあるのだから、まずはそこから探索を始めなければならない。

コンディヤックは観念学派(イデオローグ)と呼ばれる学派の元祖で、ロックの経験論に影響を受けて、認識や知識はすべて感覚から来るという感覚論の学説を強力に推し進めた思想家であるが、正しく考える方法の始まりも、感覚論から次のように説明される。

ある人が豊かな自然の中にある城に泊まり、窓を開けて外を眺めたとしよう。一瞬だけですべてを把握できる人は稀である。景色から何らかの認識を得るには「風景の諸部分を、一つまた一つと順番に見ていくことが必要なのだ。(中略)多数のものを全体としてひとまとめに見る機能を我々に与えたのも自然だが、それと同時に自然は、そうしたもののうちの一つを注視する機能も我々に与えた。つまり、ただ一つのものだけに目を向けるという機能である。この機能は我々の身体組織からの帰結であり、我々が視覚によって知識を獲得できるのはこの機能のおかげなのである」。

コンディヤックが強調するのは視線を向けるよう呼びかけてくるものを感覚で受け止めて、それに対して注視を返す能力である。「我々はまず主要なものに視線を向けることから始める。いくつかの主要なものを順番に観察し、比較し、それらの間の関係を判断する。こうした手段によって主要なもの同士の位置関係を把握したあと、(中略)それらを一つ一つ、直近の主要なものと比較して、それらの位置を決定する」。こうなったときはじめて、対象を一目見ただけで全体が把握できるようになる。なぜなら、「我々の精神の中にある対象間の秩序は、もはや継時的なものではなく、同時的なものである。しかも、その秩序は、対象の間に実在する秩序と同じものである。このとき我々は、判明な仕方で、すべての対象を全体としてひとまとめに見て取るのである」。

デカルトはこの過程の前半を「分析」、後半を「総合」としたが、コンディヤックはこの二つの過程を併せて「分析」と呼ぶ。コンディヤックによる「正しい考え方」とはこの「分析」の方法によって諸観念を獲得してゆく方法にほかならない。そして、これは正しく考え、理解する方法であると同時に正しく話す方法でもある。
「人に理解してもらえるような仕方で話すには、観念を分析的秩序に従って理解し、表現することが必要である。分析的秩序は、我々の思考を分解し再構成する。分析的秩序のみが、観念に可能な限りの明晰さと正確さを与えることができる。そして、我々が自ら学ぶための手段はこれしかないのと同様に、我々の持つ知識を伝達するための手段もこれしかない」

これが本書のメイン・メッセージ。もう一つは、我々は言語という手段によってのみ分析が可能となるが、じつは分析の方法は言語の中に構造的にインプットされており、すべての言語は分析的方法そのものにほかならないのだから、言語が分析的方法であることにまず気づかなくてはならないという主張である。いいかえると、言語の中に分析的方法がはめ込まれているのだから、正しく考えるにはこれを掘り出せばいいということになる。しかし、実際には、定義にこだわりすぎる哲学者などの悪影響で言語は無秩序のものにされてしまっているから、正しく分析を行うには「できの悪い言語」を「できのいい言語」に変えるしかないということになる。「分析が最大限の単純さと正確さを持つのは、言語が最大限の単純さと正確さを持つことの結果だと判断できるだろう」。というわけで、コンディヤックは、問題を考える技術とは、その問題の前提を最も正確で最も単純な表現へと落としこむことだと喝破し、こう結論するのである。「もっとも単純な表現は、知らないこと〔未知数〕の取り出しを容易にすることで推論を容易にするからである」。

×月×日

フランスの日刊紙『ル・モンド』は世界の五大クオリティー・ペーパーの一つだが、その発行部数はどんどん少なくなっていて、現在では三〇万部弱。だが、私はこの三〇万部弱という数字の中にフランスの底力を見る。三〇万人弱のフランス人が日常的に「ル・モンド」を読んでいるなんて、日本ではありえないくらいにすごいことだと思うからだ。

藤原書店のPR誌の連載をまとめた加藤晴久『「ル・モンド」から世界を読む 2001-2016』(藤原書店 3200円+税)は9・11から今日に至る『ル・モンド』の記事の紹介であると同時に、紹介者たる著者の「怒りの書」でもある。一つだけ引用しておこう。2015.04の、HSBC銀行のスイス子会社の秘密口座の名義人が『ル・モンド』と非営利の調査ジャーナリスト国際コンソーシアムICIJとの協力で暴露された記事の紹介。「フランスだけでなく、スイス、イギリス、アメリカ、ブラジルなどでも大騒ぎになっている。だが、わたしの見ている日本の新聞は(三月五日現在)無言。ICIJが公表した秘密口座の持ち主リストには超高名な日本人建築家の名が写真入りで載っている。金額は八一万五九〇ドル。日本人がもつ口座の総額は四億一九九〇万ドル(五〇〇億円余)。『ル・モンド』や『ザ・ガーディアン』とちがってお上品で良識的な日本のメディアは、プライヴァシーと人権に配慮して、国税庁がお歴々の脱税を摘発するまで、沈黙をまもるおつもりのようだ」。

『ル・モンド』から世界を読む 2001-2016 / 加藤 晴久
『ル・モンド』から世界を読む 2001-2016
  • 著者:加藤 晴久
  • 出版社:藤原書店
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(392ページ)
  • 発売日:2016-08-26
  • ISBN:4865780858
内容紹介:
日本人だけが知らない世界の情勢
わずか30万部程度の発行部数ながら、世界の知識人たちに読まれ大きな影響力をもち続けているフランスの高級日刊紙『ル・モンド』。日本でもごくわずかしか購読されていない『ル・モンド』を半世紀以上にわたって愛読してきた著者が、日本ではほとんど報道されない事件やテーマ、視点をセレクトして解説とともに簡潔に紹介! 2001年の米国同時多発テロ以後の世界の趨勢を一気に読み通す。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

思うに、この推測は日本の新聞記者を買いかぶりすぎている。実情は「全然知らなかった!」。つまり、『ル・モンド』が読める記者など一人もいなかったと言うのが正解なのである。

パリで二〇一五年十一月に連続多発テロが起きる直前の記事「ワリ・モハムマディの警告」も興味深い。アフガニスタンからの元難民でフランスで外交官試験を目指しているモハムマディは警告する。「難民の中にはかならずテロリストが紛れ込んでいます。わたしはそれを言い続けていますが、聞いてもらえません」。『ル・モンド』の記事を定期的に翻訳するだけでも日本の新聞のレベルは格段にアップすると思うのだが……。

初出メディア

週刊文春

週刊文春 2016年9月22日

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