書評

『自己分析』(藤原書店)

  • 2017/04/19
自己分析 / ピエール・ブルデュー
自己分析
  • 著者:ピエール・ブルデュー
  • 翻訳:加藤晴久
  • 出版社:藤原書店
  • 装丁:単行本(200ページ)
  • 発売日:2011-01-19
  • ISBN-10:4894347814
  • ISBN-13:978-4894347816
内容紹介:
「これは自伝ではない」 『パスカル的省察』『科学の科学』に続く晩年三部作、ついに完結! 父母や故郷など自らの出自から、1950年代のフランスの知的状況、学問遍歴、アルジェリア経験、そして「取り返しのつかない不幸」まで。 危険を省みず、自己自身を容赦なく科学の対象としたブルデューの絶筆。

未知に挑んだ社会学者の「自伝ならざる自伝」

二〇〇二年に死去した社会学者ピエール・ブルデューの「ディスタンクシオン」理論はいまや社会科学の大きな遺産となりつつあるが、本書は、死の床にあったブルデューが、研究の魔に取りつかれた「自分」を最後の分析対象に選んで、自らの理論や分析方法を駆使してその思想の形成過程を追尾しようと試みた「自伝にあらざる自伝」である。

それを端的に示すのが冒頭近くに置かれた次の言葉である。「わたしは、哲学があたりを睥睨(へいげい)していたその時期、学校教育のヒエラルキーで頂点を占めていたエコル・ノルマル・スュペリユールの哲学専攻の学生だった。このことを言えば実は、大学界においてその後わたしが辿(たど)った軌跡を説明し、理解してもらうために必要なことは言ったことになると思う」。すなわち、知的世界の覇王としてサルトルが君臨していた時代に、超エリート校の超エリート集団にいたという事実そのものが、必然的にブルデューをしてサルトルとの距離をどう取るかという問題に向かわせたのである。「わたしはわたしから見てサルトルが表象していたすべての事柄に逆らって自己を形成したと言うことができる」

では、ブルデューはなにゆえにサルトルに逆らって自己形成を遂げなければならなかったのか? サルトルとその好敵手アロンに共通する「すべてに成功した上流ブルジョアジー出身の青年としての彼らの純朴さ、あるいは無邪気さ」に対して、「庶民かつ地方の出身」であるブルデューは強い違和感を感じざるをえなかったからだ。

その結果、指導教官には科学認識論のカンギレームを選び、哲学ではなく社会学へと進むが、一兵卒として赴いたアルジェリアで民族学的調査に入れ込んだことから、ようやく己の進むべき道を見いだす。次いで、故郷の村で小学校の同級生がクラス写真を見せながら「こいつは嫁の来手なし」とレッテルを張っていくのを聞いたのがヒントになって第一論文「独身と農民の条件」を書き上げるが、それは故郷とのある種の和解でもあった。「それは、わたしに返されたわたしの一部だった。それこそがわたしを彼らと結び、また、彼らから遠ざけていたのだ。なぜなら、わたしは、彼らを恥じ、わたし自身を恥じつつ、彼らを否認することによってのみ、その自分の一部を否定することができたのであるから。起源への回帰は抑圧されたもの(ル・ルフーレ)の回帰(ただし、管理された回帰)をともなった」

さらに母が「あの人たちは、Xさんちの息子がポリテクニックに入ってからというもの、Xさんの親戚(しんせき)だと言うようになったな」と言った言葉が、人類学的な親族関係の規則モデルを捨てて戦略モデルを採用するに至る思索のきっかけとなる。

ここから「ディスタンクシオン」理論の発見はもう一息だが、その根源にあるのは、未知の社会環境に入りこみたいという少年時代からの強い欲求だったようだ。

エコル・ノルマルの受験準備課程に入学するべく上京した少年はパリの素晴らしさに魅了された。文学作品のなかのパリが現実になった。素朴にもわたしは自分をバルザックに同化した(ヴァヴァン交差路のロダン作バルザック像とはじめて出会ったときの感激)。バルザックかぶれが昂(こう)じて、日曜日の外出時、知らない人の後を付け、彼らの住む地域、家や周辺の様子を探り、彼らの生活をあれこれ想像したりしたものである。

私自身、下層中産階級出身の「知的飢餓者」であるだけに、まさに「我がこと」のように読んだ本である。(加藤晴久訳)
自己分析 / ピエール・ブルデュー
自己分析
  • 著者:ピエール・ブルデュー
  • 翻訳:加藤晴久
  • 出版社:藤原書店
  • 装丁:単行本(200ページ)
  • 発売日:2011-01-19
  • ISBN-10:4894347814
  • ISBN-13:978-4894347816
内容紹介:
「これは自伝ではない」 『パスカル的省察』『科学の科学』に続く晩年三部作、ついに完結! 父母や故郷など自らの出自から、1950年代のフランスの知的状況、学問遍歴、アルジェリア経験、そして「取り返しのつかない不幸」まで。 危険を省みず、自己自身を容赦なく科学の対象としたブルデューの絶筆。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2011年2月13日

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