自著解説

『正税帳読解』(八木書店)

  • 2026/04/17
正税帳読解 / 榎 英一
正税帳読解
  • 著者:榎 英一
  • 出版社:八木書店
  • 装丁:単行本(472ページ)
  • 発売日:2026-01-16
  • ISBN-10:4840626529
  • ISBN-13:978-4840626521
内容紹介:
奈良時代の正倉院文書に残る収支決算書「正税帳」を徹底精読し、古代社会の実態を探る会計報告書・正税帳の正確な読解方法、正税帳からわかる地方財政の実態など、奈良時代の経済を知るうえで… もっと読む
奈良時代の正倉院文書に残る収支決算書「正税帳」を徹底精読し、古代社会の実態を探る
会計報告書・正税帳の正確な読解方法、正税帳からわかる地方財政の実態など、奈良時代の経済を知るうえで必要な基本事項を詳説。

【内容説明】
●正税帳を読むための基礎知識を提示
正倉院文書の中に20通余の天平期の正税帳=年間の会計報告書がある。これらは役人の書いたものであるが、稲穀(モミ)の計算が升・合・勺・撮という末端単位まで数字が合っていることなど、かえって事実かどうか疑わしい面もある。正税帳を読むうえでおさえるべき基礎知識・用語を丁寧に説明し、正税帳の何が真実で何がウソなのかを検討し、正税帳の信憑性に迫る。
●正倉院文書の正税帳から地方行政を明らかに
正税帳は奈良時代の史書である『続日本紀』ではうかがい知れない事実も知ることができる。出挙が財政上重要な位置を占めていたこと、国司がしばしば国内を巡行していたこと、多数の公的旅行者が京・国間を往復していたことなど、正税帳の記載から地方行政の一端を明らかにする。
●実務官人の力量と工夫・個性に迫る
国司から書生まで、帳簿作成に関わった官人たちの役割や能力はどうだったのか。穎稲の単位「分」の使い方など正税帳の用語が統一されていないことがあるが、それは書き手の個性の反映といえる。こうした帳簿の整合性や記録の工夫・差異から、律令官人の知恵や苦労、個性を読み取る。
●官稲制度と穀倉管理の実態
穎稲・稲穀の違いや「不動穀」政策、倉・カギの管理方法など、古代の米穀財政の仕組みを詳細に解説。郡稲の性格や出挙制度の実態など、律令地方財政の実態にも踏み込む。
●奈良時代の量の単位・規格
量の単位とその実量、枡の規格は、時代によって変遷がある。天平当時使用していた令制での容積の規格(量制)は、現代の枡のおよそ半分弱と推定できる。奈良時代の経済を知るうえで必要となる、モノを計量する単位・規格を明らかにする。
●正税帳から読み解く古代社会
正税帳から具体的にわかることをコラム形式で11本掲載。当時の政治・社会の姿を立体的に描き出す。
奈良時代に作成された国ごとの会計の収支決算報告書「正税帳」を読み進めていくと、当時の地方財政・特産物・交通手段・産業、さらにはパンデミックによる救済措置・被害状況までもが読みとれる。

奈良時代の収支決算報告書は何を語るのか

耳かき1杯の単位は真実か

現存する正税帳(しょうぜいちょう)は、8世紀・天平時代の国ごとの会計報告書である。相当細かい数字も書いてある。天平2年(730)度伊賀国の当年収納した田租の穀(もみ米)は、弐仟漆伯捌拾弐斛(石)弐升漆合漆撮(2782石0斗2升7合0勺7撮)である。

当時のマスは現在の大きさの半分弱であるが、「撮」となると耳かき何杯分か。
この田租穀はどのようにして量ったのか。だいたいマスでここまで精確に量ることができるのか。それに量りなおしたら、そのつど量は違うだろう。それでもこれを加えた穀の全量の数字は、計算がちゃんと合っている。役人の書いた会計報告だから、数字が合っているのは当然だと言えばそれまでであるが、ではその数字は信じてよいのか。

実はそれを確認する方法は、ほとんど無い。嘘を書くなという当時の政府のお叱りはあるが、具体的にどこがどう嘘なのかはわからない。常識的に考えて、と現代の常識によるしかない。

しかしこれは現代でも同じではないか。特急列車に乗ったという出張旅費請求。本当に特急に乗ったのか。普通列車に乗って、特急料金は懐に入れたのではないか。これを見破るのは難しいだろう。

だがこの旅費の記録によって、この区間に特急列車が走っていたこと、その料金、特急利用を認める旅費規程が存在したことを知ることができる。またこの出張が命令(あるいは許可)されていたことも判明する。全部が嘘で何も分からないということではない。


正税帳の報告をどう読み取るか

実際の倉の中身が正税帳通りではなかったとしても、太政官や民部省からの、米を送れ、○○を買って送れといった命令は、その国から報告された数字をもとにおこなわれるだろう(輸送距離や誰が国司か、といったさまざまな要素も関わるのだろうが)。

まず、現に今書いてあることをそのまま、当時の制度の中で読み解くことが先決である。そのうえで、先の伊賀国についてなら、耕地面積と当年の収穫高と田租の比率(凶作なら減免がある)、他の時代の史料との関係などを考えていく、他国と比較するといったこともできる。

正税帳は史料であり、そこから何を読み取ることができるのかは、こちらの問題である。
たとえば駿河国正税帳は天平9年度帳と10年度帳とが残っているが、両者の筆者は違う。刀を造るのに使用する鉄について、数字が違う。単位も「一口別」「刃別」と違う。

  9年度帳 一口別充八斤五両一分二銖(8斤5両1分2銖)
 10年度帳 刃別八斤五両(8斤5両)

重量の単位は、1斤=16両、1両=4分、1分=6銖であり、大制とその1/3の小制とがある。刀1本あたりの鉄は小制25斤である。これを大制に換算すると9年度帳の「8斤5両1分2銖」になる。10年度帳はこの「1分2銖」を切り捨てている。実際の作業ではもちろん「銖」まで量るといったことはなく、かたまりの鉄を使用するのだろう。

ほかに9年度帳は穎稲(穂首)を「九把五十三分之廿」(9把20/53) と表記している。細かいというか神経質というか、上司にはしたくない性格である。

正税帳を実際に書いたのは誰なのかは、まだ追究する余地がある。AさんかBさんか、名前まで特定できるとおもしろいのだが。


珠玉は何に使われたのか

天平10年度駿河国正税帳に、東に向かう珠玉を探し求める春宮坊(しゅんぐうぼう)の官人がみえる。春宮坊は皇太子に仕える役所であり、時の皇太子は安倍内親王(のちの孝謙天皇)である。女性皇太子のために真珠や宝玉を求めたのだろうか。

そして同年筑後国正税帳には、珠玉を買って進上する記事がある。それは縹玉933枚・紺玉701枚・白玉113枚、そして緑玉・赤勾玉・丸玉・竹玉・勾縹玉等である(玉を「枚」で数えている)。

これらは何に用いたのだろうか。即位式用の調度品を作り始めていたのかと想像するのであるが。小さなキラキラをいっぱい付けた装束だろうか。冕冠(べんかん)という特別な冠がある。てっぺんに四角い板があり、そこから旒(りゅう)という飾りの玉を付けたすだれが下がっている、中国の皇帝がかぶっているあれである。孝謙天皇は即位式や東大寺大仏開眼会に冕冠をかぶっていたらしい。それに使わなかっただろうか。

このように、正税帳を読み解とくと、奈良時代の歴史書では記されないさまざまな出来事が具体的に浮かび上がる。
このたび刊行した『正税帳読解』では、こうした天平時代の国ごとの会計報告書・正税帳からわかること、正税帳を読み解くための基礎知識などを一書とした。ぜひご覧いただきたい。

[書き手]
榎 英一(えのき えいいち)
元学芸員、教員。日本古代史。

[主な著作]
『正税帳読解』(八木書店、2026年)
『翻刻・影印 天平諸国正税帳』(共著、八木書店、2024年)
『訳注日本史料 延喜式 中(主税式)』(共著、集英社、2007年)
『律令交通の制度と実態―正税帳を中心に―』(塙書房、2020 年)
正税帳読解 / 榎 英一
正税帳読解
  • 著者:榎 英一
  • 出版社:八木書店
  • 装丁:単行本(472ページ)
  • 発売日:2026-01-16
  • ISBN-10:4840626529
  • ISBN-13:978-4840626521
内容紹介:
奈良時代の正倉院文書に残る収支決算書「正税帳」を徹底精読し、古代社会の実態を探る会計報告書・正税帳の正確な読解方法、正税帳からわかる地方財政の実態など、奈良時代の経済を知るうえで… もっと読む
奈良時代の正倉院文書に残る収支決算書「正税帳」を徹底精読し、古代社会の実態を探る
会計報告書・正税帳の正確な読解方法、正税帳からわかる地方財政の実態など、奈良時代の経済を知るうえで必要な基本事項を詳説。

【内容説明】
●正税帳を読むための基礎知識を提示
正倉院文書の中に20通余の天平期の正税帳=年間の会計報告書がある。これらは役人の書いたものであるが、稲穀(モミ)の計算が升・合・勺・撮という末端単位まで数字が合っていることなど、かえって事実かどうか疑わしい面もある。正税帳を読むうえでおさえるべき基礎知識・用語を丁寧に説明し、正税帳の何が真実で何がウソなのかを検討し、正税帳の信憑性に迫る。
●正倉院文書の正税帳から地方行政を明らかに
正税帳は奈良時代の史書である『続日本紀』ではうかがい知れない事実も知ることができる。出挙が財政上重要な位置を占めていたこと、国司がしばしば国内を巡行していたこと、多数の公的旅行者が京・国間を往復していたことなど、正税帳の記載から地方行政の一端を明らかにする。
●実務官人の力量と工夫・個性に迫る
国司から書生まで、帳簿作成に関わった官人たちの役割や能力はどうだったのか。穎稲の単位「分」の使い方など正税帳の用語が統一されていないことがあるが、それは書き手の個性の反映といえる。こうした帳簿の整合性や記録の工夫・差異から、律令官人の知恵や苦労、個性を読み取る。
●官稲制度と穀倉管理の実態
穎稲・稲穀の違いや「不動穀」政策、倉・カギの管理方法など、古代の米穀財政の仕組みを詳細に解説。郡稲の性格や出挙制度の実態など、律令地方財政の実態にも踏み込む。
●奈良時代の量の単位・規格
量の単位とその実量、枡の規格は、時代によって変遷がある。天平当時使用していた令制での容積の規格(量制)は、現代の枡のおよそ半分弱と推定できる。奈良時代の経済を知るうえで必要となる、モノを計量する単位・規格を明らかにする。
●正税帳から読み解く古代社会
正税帳から具体的にわかることをコラム形式で11本掲載。当時の政治・社会の姿を立体的に描き出す。

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