前書き

『定本 現代イギリス経済学の群像:正統から異端へ』(白水社)

  • 2019/09/27
定本 現代イギリス経済学の群像:正統から異端へ / 根井 雅弘
定本 現代イギリス経済学の群像:正統から異端へ
  • 著者:根井 雅弘
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(262ページ)
  • 発売日:2019-08-29
  • ISBN:4560097232
内容紹介:
社会主義がベルリンの壁とともに崩れた1989年、現代経済学の起源を米主流派ではなく英ケンブリッジ学派に見出した記念碑的著作。
経済思想史研究の第一線で活躍しながら、旺盛な執筆活動を続ける、京都大学教授の根井雅弘氏。1989年に根井氏が初めて世に問うた単著が『現代イギリス経済学の群像』である。「定本」として蘇った本書にまえがきとして寄せられた、根井氏の熱いメッセージをお届けしたい。

経済学で感動したことはありますか? 1989年に彗星のごとく現れた、現代経済学を変えた一冊

社会主義体制の崩壊とリーマンショック

本書の初版は、1989年4月、岩波書店から刊行された。三十年前のベルリンの壁が崩壊する約半年前だった。だが、四月の時点でも、社会主義体制はすでに崩壊過程に入っており、「資本主義対社会主義」という古い図式が過去のものになろうとしていることが次第に明白になっていた。

壁の崩壊後、勝ち誇った資本主義諸国の経済論壇では一時「市場原理主義」という自由放任主義の亜種が流行し始めたが、それが現実の政治も動かし始めると、過去の歴史や思想史に通じた経済学者は、それがいわゆる「格差社会」を生み出すだろうということを真剣に懸念するようになった。その心配は的中した。ほぼ十年後、橘木俊詔氏の『日本の経済格差』(岩波新書、一九九八年)が刊行されたが、一億総中流だった日本でも格差拡大の動きがみられることが明らかになったのである。

だが、わが国では、二十一世紀に入っても小泉政権が構造改革路線を追求するようになったので、その後、各種の不平等(所得や資産の不平等だけでなく、正規労働と非正規労働の格差、教育格差など)の拡大が続いた。橘木氏は、さらに『格差社会』(岩波新書、2006年)においてそのような実態を暴露したが、この頃になると、さすがに市場原理主義のような粗雑な思想で経済問題を解決することはできないということが多くの識者にも理解されるようになった。そこに世界を震撼させたリーマンショック(2008年9月)が起こったのである。

リーマンショック後、多くの経済学者が「金融危機」の発生メカニズムを研究するようになったが、ポール・クルーグマンのような世界的に著名な経済学者が気づいたのは、アメリカでは数十年も前にハイマン・ミンスキーという経済学者が「金融不安定性仮説」によって金融危機が発生する可能性を論証していたにもかかわらず、誰も彼に耳を貸さなかったという事実であった。その後、ミンスキーの名前は次第に知られるようになったのだが、彼はアメリカにおける代表的な「ポスト・ケインジアン」であり、本書に登場するケンブリッジの経済学者たちとの思想的なつながりも深い一人なのだ。ミンスキーのような「異端派」の見解が、ベルリンの壁の崩壊後の市場原理主義の浸透によってかき消されてしまったのは、アメリカ金融史の悲劇である。大学院ゼミの後輩であった服部茂幸氏(同志社大学教授)の『危機・不安定性・資本主義』(ミネルヴァ書房、2012年)は、わが国における貴重なミンスキー研究であり、金融危機に関心のある読者には必読の文献である。

だが、ガルブレイスが言ったように、金融上の記憶は実に短いものらしい。リーマンショックから十年以上経つと、人々は「ミンスキー・モーメント」が何であったかをほとんど忘れてしまい、主流派経済学の教育内容にも大きな変化は見られなかった。ミンスキーを高く買ったクルーグマンも、この点では、少数派だったのだ。

異端の経済学

そのようなことを考えていくと、本書に登場する経済学者の思想や理論を学ぶ意義も明確になってくるようだ。例えば、第三章に登場するジョーン・ロビンソンは、「雇用の水準」ではなく「雇用の内容」を問わなければ、軍産複合体の肥大化を招き、政府のお金が国民の真の福祉とは何の関係もない方向に使われると警告し続けたが、21世紀になっても、このような傾向は変わらなかった。

J・ロビンソンは、アメリカにおけるケインズ経済学の受容の仕方が間違っていると何度も指摘したが、サムエルソンのような新古典派総合的なケインズ理解が長いあいだ主流であったアメリカでは決して受け容れられなかった。それでも、アメリカでも、ごく一部にJ・ロビンソンや、第二章で取り上げたニコラス・カルドアのようなイギリスのポスト・ケインズ派経済学の先駆者の思想に共鳴し、現在まで続く学術誌『ジャーナル・オブ・ポスト・ケインジアン・エコノミックス』に結集した異端派がいたが、彼らが、ポール・デヴィドソン、シドニー・ワイントラウプ、A・S・アイクナーなどの経済学者であった。ミンスキーもそのような立場のポスト・ケインジアンであった。側面からだが、異端派ガルブレイスも、その学術誌の旗揚げを支援している。

いつの時代でも、時流に逆らう声は決して多数派ではないが、彼らの発するメッセージは、時流を追うだけの経済学者やエコノミストよりも長い生命力をもつものだ。本書の第四章には、ケインズ革命の同時発見者として知られるミハウ・カレツキというポーランド人が登場するが、彼はアメリカでケネディ政権によってケインズ政策が実践に移されるはるか前から、完全雇用政策が政治的に挫折する可能性を指摘していた。資本家は、高雇用の下での労使の力関係の変化(労働者の力が相対的に増大する)を好まないし、資産保有者(金利生活者)は、高雇用によるインフレの進行は望ましくないと思っているので、やがて大企業と金利生活者との「同盟」が形成され、政府の赤字財政による雇用剏出を葬ろうとするし、それを理論的に正当化しようとする経済学者も現れるはずだと。カレツキは、のちのハイエクやフリードマンのような新自由主義の思想の台頭を予言した慧眼の持ち主だった。

京都大学で初めて教壇に立ったとき、山本英司君(金沢星稜大学教授)が私の講義を聴いていたが、大学院でカレツキ研究を志し、時間はかかったものの、のちに『カレツキの政治経済学』(千倉書房、2009年)という研究書を書いた。浩瀚な力作である。

原点としての清水幾太郎

ところで、三十年前に本書を出したとき、講座は経済原論だったもののユニークな日本経済論で知られた故飯田経夫氏(名古屋大学教授を長くつとめたが、その大学では、塩野谷九十九ゼミの「プリンス」と呼ばれていたと年配の人から聞いたことがある)が関心をもって読んでくれたのが、第一章で取り上げたジョン・ヒックスだった。飯田氏は、『価値と資本』(初版は一九三九年)の著者としての「前期ヒックス」はよく知っていたが、転換期から「後期ヒックス」への思想の変遷は全く知らなかったらしい。あまりに正直な「告白」に驚いてしまったが、主流派のほとんどが、『経済史の理論』(1969年)以降のヒックスの仕事には無関心だったことを思えば、それほど珍しい例でもなかったかもしれない。本書が出たあと、大学院ゼミで同門だった井上義朗氏(中央大学教授)が『「後期」ヒックス研究』(日本評論社、1991年)を書いて、側面から私の主張を補強してくれた。

後期ヒックスは、カレツキ的な価格決定二分法、IS/LM自己批判、「歴史的時間」の重視など、実は、ポスト・ケインズ派経済学にかなり接近していた側面があるのだが、三十年前は、その論点を掘り下げた研究はほとんどなかった。副題に「正統から異端へ」と付けたとき、なかなかその意味が理解されなかったのも無理もない。だが、意外にも、故荒憲治郎氏(一橋大学教授を長くつとめた)のような大家がその副題に賛同してくれたのは有り難かった。

荒氏は経済成長論や資本理論に関心をもっていた理論経済学者だったが、経済学者以外の社会科学者としての側面も重視した、第六章のハロッド論も楽しく読めるという感想を漏らした。ハロッド研究は、その後、重要文献の公開とともに急速に進歩していったが、嬉しいことに、教え子の中から、中村隆之君(青山学院大学教授)のように、浩瀚な研究書(『ハロッドの思想と動態経済学』日本評論社、2008年)を出す経済学史家が現れた。彼は本書を読んで大学院から私の研究室に移ってきたので、その意味では、図らずも彼の人生を変えた一冊になったのだ。

本書の中で第四章のロビンズ論だけは、登場人物にポスト・ケインジアンが多い中で異色の章だといわれたが、私としては、経済学の「希少性定義」(『経済学の本質と意義』初版は1932年)でのみ理解されてきたロビンズ像は誤っており、いろいろな思想遍歴を経てその思想が左右に揺れながらも、壮年以降は「中庸」の思想に近づいた事実が日本であまりにも知られていないことを訴えたかった。シェイクスピアの作品まで引用したことを揶揄されもしたが、単なる文学趣味ではなく、一種のレトリックとして活用したつもりである。

日本では、一般に「転向者」は思想界では嫌われる傾向がある。私が若者の頃私淑した故清水幾太郎氏(『論文の書き方』は、売上部数がいまでも岩波新書のトップ5には入るロングセラーだが、私は『倫理学ノート』に魅了された)もそうだった。だが、本書に登場する経済学者のほとんどは転向者である。例えば、新古典派からケインズ派に転向したとき、彼や彼女は何を考えたのか。どのような問題と格闘し、なぜそれまで学んできた学問体系を放棄し、別のものを支持するようになったのか。このような問題意識で若い頃から経済学の文献を読む癖ができたのは、いまから回顧すれば、清水幾太郎という転向者を直に知っていたからかもしれない(この点は、拙著『経済学者の勉強術』人文書院、2019年を参照のこと)。

経済学者が経済学を批判する

さて、この三十年は、ベルリンの壁の崩壊から始まり、トマ・ピケティの『21世紀の資本』(初版は2013年)が世界的な論争を巻き起こした「格差社会」の固定化で終わったのだが、将来を悲観するばかりでは何も生まれない。現代経済学を再考するには、その基礎から再検討しなければならないが、本書には、体系的ではないものの、そのためのヒントをいくつも挙げておいたつもりである。

例えば、ケインズ経済学をIS/LM分析によって理解するのは正しかったのか。もし問題があるとすれば、ケインズのどのような思想が活かされなかったのか。ヒックスやJ・ロビンソンの章は、その問題を考えるヒントになるだろう。

一般均衡理論は第二次世界大戦後の経済学教育の改革でミクロ経済学のカリキュラムの中心に採り入れられたが、数学的な美しさとは別に、本当に現実妥当性をもっているのか。カレツキ的な価格決定二分法のほうが現実的だが、なぜそれは受け容れられないのか? かつて一般均衡理論の分野で活躍しながら、のちにカレツキに近づいたのは、ヒックスのほか、故森嶋通夫氏(LSEの教授をつとめた数理経済学者だが、晩年は、歴史・文化・政治などの分野でもものを書いた)がいる。森嶋氏は、『無資源国の経済学』(岩波全書、1984年)の中で、やはりカレツキ的な価格決定二分法を採った。晩年の森嶋氏はもはや主流派ではなかったが、どこかで思想の転換が起こったと考えるほかない。

分配問題はカルドアやJ・ロビンソンの主な関心事だったが、長いあいだ、「価値判断の排除」を掲げる初期ロビンズの流れをくむ新厚生経済学(初期のヒックスやカルドアは、この分野で活躍した)の興隆の前に経済学の本流から外されたのはなぜか? 「パレート最適」は、いまでも主流派の中心概念の一つだが、アマルティア・センの有名な批判(『合理的な愚か者』大庭健・川本隆史訳、勁草書房、1984年)以外にも、後期のカルドアやハロッドなどがその概念に疑問をもっていたことはいつの間に忘れられたのか?

経済成長理論は、ハロッドが開拓したにもかかわらず、いまのマクロ経済学の教科書にはほとんどソローの新古典派成長理論しか出てこないのはなぜか? また、ソローの「成長会計」は、いろいろなところで活用されているが、J・ロビンソンが提起した「資本」とは何かという問題がいつの間に等閑視されるようになったのか? 等々。

経済学を学ぶ者は、その時点でスタンダードと見なされる経済理論をしっかり学ばなければならない。これはかねてからの私の持論である。しかし同時に、それを批判的に見る目も養わなければならない。そうでなければ、経済学がいつまでも現状追認の学問に堕してしまいかねない。ケインズも、みずからを育てた師匠であり、主流派の大御所であったマーシャルを徹底的に批判する作業を通じて、ようやく「革命」を成し遂げた。現在主流派だからといって、それがいつまでも続くとは思わないほうがよい。そのメッセージが初版から三十年後の読者にも伝わることを願ってやまない。

[書き手]根井雅弘(京都大学大学院経済学研究科教授・現代経済思想史)
定本 現代イギリス経済学の群像:正統から異端へ / 根井 雅弘
定本 現代イギリス経済学の群像:正統から異端へ
  • 著者:根井 雅弘
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(262ページ)
  • 発売日:2019-08-29
  • ISBN:4560097232
内容紹介:
社会主義がベルリンの壁とともに崩れた1989年、現代経済学の起源を米主流派ではなく英ケンブリッジ学派に見出した記念碑的著作。

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