書評

『「新しい働き方」の経済学: アダム・スミス『国富論』を読み直す』(現代書館)

  • 2018/01/27
「新しい働き方」の経済学: アダム・スミス『国富論』を読み直す  / 井上 義朗
「新しい働き方」の経済学: アダム・スミス『国富論』を読み直す
  • 著者:井上 義朗
  • 出版社:現代書館
  • 装丁:単行本(229ページ)
  • 発売日:2017-10-17
  • ISBN-10:4768410111
  • ISBN-13:978-4768410110
内容紹介:
アダム・スミスの『国富論』は、「神の見えざる手」というフレーズのインパクトもあいまって常に注目され続けている。本書は、グローバル社会における経済、貿易、政治を検討する際のアイデア… もっと読む
アダム・スミスの『国富論』は、「神の見えざる手」というフレーズのインパクトもあいまって常に注目され続けている。本書は、グローバル社会における経済、貿易、政治を検討する際のアイデアとして『国富論』を参照すると同時に、「労働」を考え直すことに最大の比重を置いた。「働き方」が官民挙げて見直されている昨今、本書では企業(株式会社)という形態を経済学史的視点から考え、従来とは違った発想による「新しい企業」の可能性にまで踏み込んでいる。また、「競争」が持つ複雑な仕組みを考えながら、資本主義経済の矛盾をつき、企業のあり方、そしてそこで働き方まで考察の範囲を広げた「経済学をベースとした労働論」となっている。

「すべての人に居場所」自由市場が実現

北欧の国々、とくにデンマークでは再生可能エネルギーを供給する企業が澎湃(ほうはい)として登場している。バイオマス発電所では、小さなプラントで牛豚の糞尿(ふんにょう)を集め発酵させて電気と熱を起こし、千人規模の町村の需要を賄っている。それでいて年収は一人当たりで五百万円を超えており、その秘訣(ひけつ)はITを駆使したごく少人数での経営にあるらしい。

こうした経済活動は、大企業によるグローバルな経済競争から降りていると受け取られるかもしれない。ところが古典から現代を読むシリーズの一冊である本書は、それこそがアダム・スミスが描いた市場社会だと主張する。『国富論』といえば、定説では国策による貿易振興で金銀の蓄積を図る「重商主義」や労働者の移動を妨げる「徒弟制度」を批判し、自由な市場によって豊かな経済が実現すると説いた書とされる。成長へ向けギラギラと物づくり競争に励むイメージだ。それに対し著者は独自の解釈を積み重ね、読者の思い込みを覆してゆく。

一つは、富の定義である。スミスは、「豊かさ」とは重商主義が言うような金銀財宝ではなく、「必需品と便益品」のことだとした。そして自由な市場ではそれらが増産されるとする。著者はこれを逆に読む。スミスは自由な市場が「豊かな者をもっと豊かにする」と主張したのではなく、むしろ市場が自由でなければ最低限の必需品も手に入らなくなる、つまり貧困が拡(ひろ)がると言ったのだ、と。豊かさとは富者が増えるよりも貧者が減ることであり、そのためには「必需品と便益品」が行き渡らねばならない。

二つ目は、分業の定義である。スミスはピン工場でピンの頭を叩(たた)くだけ、ピンを伸ばすだけ……と作業工程を分割する企業内分業の例を挙げていた。だが著者はむしろスミスの本心は社会的分業、つまり農業や工業、さらに農耕機械や繊維産業という具合に職業が分散していることにあったと見る。だがそれだけだと人気ある職業に希望者が殺到するのではないか。いや、人はそのように他者と職を奪い合う必要はないと著者は言う。他人との絶対比較でなく自分の中で「比較優位」にある能力を見つけ出せば、誰もが労働に参加する機会を得られるだろう。企業も労働者を比較優位にある能力で雇用するならば、競争力を伸ばすはずである――。

ところがここに問題がある。企業が生産規模を拡大するにつれ効率は悪化し費用が逓増しなければならない。さもなくば先に大量生産に取りかかった企業は費用を下げ、他を退け市場を独占してしまう。実際のところ十九世紀末からの重化学工業化で費用逓減が起こり、株式会社制度も定着して、大企業が支配的になった。昨今ではグローバルな大競争が展開されている。『国富論』が理想とする中小企業の共存する世界は、過ぎ去ったかに思われた。

ところが著者は、百年の時を経て『国富論』が甦(よみがえ)りつつあると述べる。その担い手が、障害者やホームレスの就労、資源エネルギー問題、コミュニティ支援等の社会問題に民間で取り組む「社会的企業」である。日本でも急増し二十万社を超え、すでに十六兆円の付加価値を生んでいる。ホームレスに放置自転車の修理などを任せレンタサイクルを営むといった社会的企業は設備投資が小さく費用逓増的であるから、独占的ではありえず共存すると見るのである。

すべての人に居場所を与える社会が、共産主義によってではなくスミスが唱えた自由市場において実現する。意外な市場像は、読者に知的な興奮を呼び起こすだろう。
「新しい働き方」の経済学: アダム・スミス『国富論』を読み直す  / 井上 義朗
「新しい働き方」の経済学: アダム・スミス『国富論』を読み直す
  • 著者:井上 義朗
  • 出版社:現代書館
  • 装丁:単行本(229ページ)
  • 発売日:2017-10-17
  • ISBN-10:4768410111
  • ISBN-13:978-4768410110
内容紹介:
アダム・スミスの『国富論』は、「神の見えざる手」というフレーズのインパクトもあいまって常に注目され続けている。本書は、グローバル社会における経済、貿易、政治を検討する際のアイデア… もっと読む
アダム・スミスの『国富論』は、「神の見えざる手」というフレーズのインパクトもあいまって常に注目され続けている。本書は、グローバル社会における経済、貿易、政治を検討する際のアイデアとして『国富論』を参照すると同時に、「労働」を考え直すことに最大の比重を置いた。「働き方」が官民挙げて見直されている昨今、本書では企業(株式会社)という形態を経済学史的視点から考え、従来とは違った発想による「新しい企業」の可能性にまで踏み込んでいる。また、「競争」が持つ複雑な仕組みを考えながら、資本主義経済の矛盾をつき、企業のあり方、そしてそこで働き方まで考察の範囲を広げた「経済学をベースとした労働論」となっている。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2018年1月14日

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