後書き

『年月日』(白水社)

  • 2022/02/09
年月日 / 閻連科
年月日
  • 著者:閻連科
  • 翻訳:谷川 毅
  • 出版社:白水社
  • 装丁:新書(150ページ)
  • 発売日:2022-01-20
  • ISBN-10:4560072388
  • ISBN-13:978-4560072387
内容紹介:
千年に一度の大日照りの年。一本のトウモロコシの苗を守るため村に残った老人と盲目の犬が、命をつなぐために選んだ驚くべき手段とは
未曾有の大日照りの年。未来のために1本のトウモロコシの苗を守ろうと、老人と盲目の犬は驚くべき方法を選ぶ。
ノーベル文学賞候補に名を連ねる重鎮にして、過激な作風で知られる作家はなぜ、大人でも涙を禁じ得ないこの寓話を書いたのでしょうか。
中国文学者である訳者が作品を読み解きます。

父親、愛犬、農民、愛と尊厳。大作家の本質を凝縮した作品

『年月日』は、雑誌『収穫』の1997年第1期に発表され、同じ年に第2回魯迅文学賞、第8回『小説月報』百花賞、第4回上海優秀小説賞を受賞し、中国国内の幅広い読者に支持されました。すでに数多くの外国語に翻訳されていますが、フランスでは2009年にフランス語版が出され、翌2010年にはフランス国家翻訳賞を受賞し、さらにフランス国家教育センターから、中高生の読み物として推薦図書に指定されました。

閻連科の小説の邦訳は、『人民に奉仕する』、『丁庄の夢』、『愉楽』がいずれも拙訳で出ていますが、どの作品も中国政府にとってはやっかいな内容の作品ばかりで、日本の読者も、閻連科と聞けば禁書作家、反体制、反骨、破天荒などの言葉を思い浮かべる方も多いのではないかと思います。

しかし『年月日』はちょっと毛色が違います。かつてない大日照りに襲われ、村人たちは村を出て行くことにしますが、先じいは一人残り、雨乞いの儀式で両目が見えなくなった犬のメナシと一緒に、自分の畑に一本だけ生き残ったトウモロコシの苗を守ろうとさまざまなサバイバルを繰り広げます。これまで蓄えたあらゆる知恵を絞り出し、老いさらばえた体に残った最後の力を振り絞って、たった一本の実る望みのほとんどないトウモロコシの苗を命懸けで守る先じいの姿には、大地とともに生きる農民の気骨のようなものを感じます。

閻連科の散文集『父を想う』には、農民だった彼の父親の姿が描かれています。「当時、私は父が鍬を頭上まで振り上げるのを見た。鍬の刃先は天空を向き、晴れた日には太陽を引っかけそうになる。曇りの日には、本当に浮雲を引っかけた。見渡す限り山で、私たちの一家だけが仕事をしている。あたりは奇妙な静けさに満たされていた」(同書58頁)。この姿はまさに先じいです。またその少し前にこんな描写があります。「幼いころから──当時私はまだ十歳に満たず、就学前だったと思う──私はシッポのように父の後をついて歩いた。父が農作業をしているときは、そばに立って、スコップや鍬をふるう様子を見ながら、父の背後に伸びる影を踏むのが好きだった」(同書57頁)。この子どものころの閻連科は、まるで先じいのそばをついて回るメナシのようです。先じいがメナシに向かって、「わしの来世がもし獣なら、わしはおまえに生まれ変わる。おまえの来世がもし人間ならわしの子どもに生まれ変わるんだ」と言う場面を思い出してしまいます。この作品は、親孝行が十分できなかった閻連科の、農民だった父親へのオマージュにもなっているような気がします。

この小説ではもちろん、犬のメナシが重要な役割を果たしています。閻連科自身、大の犬好きです。中国の読書サイトのコメントには、この小説を読み終わって、自分の家で飼っている、事故で片足が使えなくなって衰弱してしまった老犬のことがいとおしくてたまらなくなった、と書いている読者がいました。先じいとメナシの心の通じ合ったやりとりのひとつひとつが、犬好きにはたまらないと思います。先じいがメナシに独り言のように語りかける場面は何度読んでも心にじんと響いてきます。

この小説には閻連科文学のエッセンスが詰まっています。寓意に満ちた設定、音や色、そして日の光の強さで重さが変わるなどの独特の描写、ネズミとの壮絶な戦いやオオカミとの息詰まる対峙など、物語を盛り上げる起伏のあるストーリー展開、そして未来へのかすかな希望を暗示する結末など。そしてなにより作品の中に、ゆるぎのない愛と尊厳があります。

閻連科の作品の書評やインターネット上の感想やコメントを見ると、悲惨な話なのになぜか温かさ・優しさを感じるというものが多数ありました。その絶望の中にほんのり感じる温かさの根源のすべてがこの作品にあるように思います。

閻連科は講演やエッセイなど、ことあるごとに“尊厳”という言葉を持ち出します。前出『父を想う』の中にもこのような一節があります。「尊厳は人生の時間の中にあるのではない。時間の中に割り当てられた人生の重みによって決まるのだ。尊厳は目に見えない空気や浮雲ではない。人生の中の気品と活力なのだ。/尊厳は難しく言うと、人生における着衣や表情ではない。むしろ、人生が内包する意志の力である。簡単に言えば、人生において示される気骨と風格である」(同書132頁)。先じいにも、村人のために半生を捧げた『愉楽』の茅枝婆にも、息子を殴り殺した『丁庄の夢』の丁水陽にもその尊厳が備わっています。

大日照りでうち捨てられた村の設定は、どうしても『愉楽』とつなげて考えてみたくなります。『愉楽』の原作『受活』が出版されたのは『年月日』の7年後の2004年です。編集の方と打ち合わせしているときに、作品が世に出た順番は逆ですが、『年月日』は『愉楽』の後日談なのではないかという話も出ました。私には、閻連科の作品はすべてこの『年月日』につながるように思えてなりません。

[書き手]谷川毅(たにかわ・つよし)
1959年、広島県大竹市生まれ。大阪外国語大学(現・大阪大学)卒業・同大学院修了。名古屋経済大学教授。
主要訳書に、閻連科『丁庄の夢』『愉楽』『硬きこと水のごとし』『黒い豚の毛、白い豚の毛』(以上、河出書房新社)、『人民に奉仕する』(文藝春秋)などがある。
年月日 / 閻連科
年月日
  • 著者:閻連科
  • 翻訳:谷川 毅
  • 出版社:白水社
  • 装丁:新書(150ページ)
  • 発売日:2022-01-20
  • ISBN-10:4560072388
  • ISBN-13:978-4560072387
内容紹介:
千年に一度の大日照りの年。一本のトウモロコシの苗を守るため村に残った老人と盲目の犬が、命をつなぐために選んだ驚くべき手段とは

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
白水社の書評/解説/選評
ページトップへ