書評
『物語 現代経済学―多様な経済思想の世界へ』(中央公論新社)
学問栄えて現実分析滅ぶ
アメリカの大学院教育は世界でもっともすぐれているといわれている。体系的教育という点では、社会科学のなかでは経済学が断トツの位置にある。ところがアメリカ経済学会から出された大学院の経済学教育の問題点をまとめた報告書(1991年)には、こう書かれている。テクニカルなものの習得に重点を置きすぎて、現実の経済問題への関心や経済問題のありかについての直感的洞察力の開発がなおざりにされている、と。教育や学問栄えて現実分析滅びるという危惧(きぐ)が指摘されているのである。本書はこうした事態を経済学会において消費者主権や完全競争モデルを前提とする「正統派経済学」(新古典派系)が制覇してしまったことによるとする。「正統派経済学」の始祖であるマーシャルやワルラスには非経済的要因への十分な配慮があったのだが、学問としての経済学の洗練のなかで、非経済的要因を不純物としてそぎおとした結果であるという。だからファンの多いガルブレイスの経済学は「異端」として経済学として認められないことが生じる。ガルブレイスの書物は、問題解決の書ではないにしても、すぐれた問題提起の書物だと著者はいう。経済学は社会学や心理学などの他の領域から異質な要素を取り入れること、つまり「他者の介在」によって豊かになるだけでなく、現実への深い洞察も得られると強調されている。
著者の警鐘は、経済学にとどまらず、社会・人文系の学問についてもあてはまるふくらみをもっている。専門学会誌に発表される論文は、学会文法にそうことによって、洗練されてはいるが、知的興奮を伴うものは少ない。挑戦的な問題提起型論文は学術的ではないと論文査読者から差し戻されやすい。学問の洗練(異端と多様性の排除)という名で実のところは知の官僚制化が進んでいるのではないか。そんな危機を深く考えさせてくれる学問についての学問書。簡潔で鋭い。
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