対談・鼎談

『角倉素庵』アリソン・アドバーガム (パルコ出版)|丸谷才一+木村尚三郎+山崎正和の読書鼎談

  • 2018/02/14
山崎 いま普遍主義というお話が出たんですけれども、角倉舟の舟中規約の一条に、こういうところがあるわけですよ。

〈異域の我国に於ける、風俗言語異なると雖も、其れ天賦の理、未だ嘗つて同じからず。其同を忘れ其異を怪しみ少しも欺詐、慢罵するなかれ〉

つまり文化というものは違うのが当り前で、違ってるということを認識した上で、それを欺いたり、笑ったりしてはいけない、お互いの違いを認めた上で仲よくしろというわけです。この感覚は、いまのわれわれですら失っている国際感覚ですね。

木村 まったくそのとおりです。

丸谷 日本人論とか、イギリス人論とか、いろいろあるでしょう。ああいうの見てると、たいていはその原則を忘れてるからばかばかしくてしようがないね。単なる風俗の違いにすぎないものを、軽蔑の対象とか、尊敬の対象にしている。その風俗を貫いてるあるシステムがあれば、それは論議の対象になるけれども、そうじゃなくて非常に片々たる事象を、いちいち自分と違うからといって大事に論じる。

山崎 いまでも、世界は一つだというたいへん愚かな考え方がある。それと、素朴な国粋主義の二種類で成り立ってるんですよね。違うから仲よくしよう、そこに信が成立するという感覚は、きわめて単純なんだけれども……。

丸谷 角倉一族は普遍的な人間性というものを信じていて、外部に向かって開かれた意識をもっているのに、同族結婚ばかりやってる。これはちょっと異様ですね。

山崎 乱世の中で培われてきた、一種の自衛本能みたいなものじゃないですかね。

木村 一族の血しか信じないということでしょうね。

丸谷 林屋さんは、同族結婚についてのあまり明確な解釈づけをしてない。ということは、林屋さんの、西洋風近代ブルジョアジーに近づけて角倉一族を考えようとする立場からいうと、これはあまり具合のいいことじゃないわけね。

角倉一族の商業性、つまり非農民性、これはまさにそうだと思うんだけれども、この同族結婚というのは、わりに農民的な性格のものだと思うんですよ。つまり京都の町衆には、西洋近代のブルジョアジーに向かっている面と、もっと古代的な、農民に向かっている面と二つがあって、それを矛盾だと思わないで生きてきたところが、彼らの力なんじゃないかという気がするんです。

山崎 彼は朱子学をやったというわけですけど、日本人が儒教を受け入れるときには、決して全体を受け入れるわけじゃなくて、日本的な社会体質を強化するに必要な部分だけ摂取する。そういうふうなことからいえば、儒教の中にある「同姓要らず」という倫理だけはさっさとやめてしまうわけですな。

木村 この角倉素庵という人は、ちょっとした百科事典にも出てこない名前ですね。父の了以は出てきますけれども、素庵はほとんど出てこない。なぜ出てこないかという理由は、いちばん最初に書いてありますね。偉大な人の陰にいつも隠れている。了以の陰に隠れ、林羅山と藤原惺窩の陰に隠れ、本阿弥光悦の陰に隠れている。

山崎 こういう人生の役割というのは、わが国の歴史の中に比較的いくつもあるような気がするんです。自分は実務家であって、スターを別に立てて、その人の陰で実際に仕事を進めていくというタイプ。一つは黒幕という形でそれをやる。もう一つは、一種の人間道楽という形でね。

丸谷 キング・メーカーってやつね。

山崎 そうそう。それから、もっと素朴な例でいえば、吉田松陰の兄さんみたいなね。スターの素質のある人間を育てながら、自分は辛抱する。そういう人じゃないですか。まァ外国にも例はあって、たとえば毛沢東に対する周恩来ですね。おそらくいまから何百年もたてば、毛沢東の名前ばかり残って、周恩来は忘れられるだろうけど、実際どっちが偉かったかっていえば、歴然として周恩来のほうですからね。

丸谷 ランダムハウスというアメリカの出版社の社長がいったんだそうです。人生においていちばんおもしろいことは何だと訊かれて、「それはまったくの無名作家を掘り出して、有名にし、ついにはその作家がハリウッドに乗り込んで、おれの悪口をいったという噂を耳にすることだ」(笑)。

山崎 しかし、技術、流通、合理性、そして古典的学問から実学までの幅を見渡せる目があって、しかもこれだけの仕事を実際にもして、江戸時代にその系譜が残らなかったのは、きわめて残念なことですね。

木村 そうですね。そういう万能人の系譜が江戸時代からあと断たれてしまったということでしょうね。

【この対談・鼎談が収録されている書籍】
鼎談書評  / 丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
鼎談書評
  • 著者:丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:-(326ページ)
  • 発売日:1979-09-00
  • ASIN: B000J8ET3C

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初出メディア

文藝春秋

文藝春秋 1978年5月16日

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