書評
『国定忠治の時代―読み書きと剣術』(筑摩書房)
仁侠に斬り込む歴史学
講談や浪曲、小説のなかで活躍する人物の実像を探るのはいたって難しいものだ。ある固定したイメージから逃れるのが困難なこと、そもそも関係史料が少なくて質も良くないことが原因である。しかし実像の一端に手掛かりができると、意外な一面がくっきりと浮き上がって見えてくる。作られたイメージとはほど遠い、しかしインパクトのある姿が見えてくるものである。
仁侠・国定忠治についてもそれがあてはまる。その実像をとらえる努力は、北関東の風土との関連で、幕府の天領支配との関連で、これまでにも多くなされてきた。ただ、もう一つしっくり来なかったのだが、本書の著者は、忠治にストレートに近づくのではなく、その周辺から包囲網を巡らして、忠治の実像を炙(あぶ)り出した。
徒党を結び一家をつくって世間を騒がす忠治、そうしたイメージを民衆の側からとらえ返そうという最近の研究動向を踏まえつつ、文書と金石文と絵の世界に分け入って行く。
入り口は三つ。一つは忠治を生んだ上州における養蚕地帯の商品経済。稲作中心の世にあって、畑作により金を生んで、幕藩体制を突き崩さんばかりのエネルギーを秘めた地帯の特質。
第二は、驚くほどに広まった読み書きの能力。村の師匠に読み書きを習った「筆子中」という集団の存在。
そして三つ目は、農民の間に広まった剣術、村の武力。上州には様々な剣術の流派が生まれ門人を抱えていた、そのあり方。
これら三つの交わりから、忠治の手習いの読み書き能力を推定しながら、手習いの師匠を貞然と見て二人の関わりを考え、また忠治を助けたお徳、菊池登久子の生き方に忠治の魅力を探る。「毒婦」と称されたこの女性は、したたかな生き方によって幕藩体制と明治国家を相対化していたと見る。さらに忠治の長脇差に鉄砲の修羅場の背後には、馬庭念(まにわねん)流の剣術を捉える。
こうした忠治の背景をなす世界を丹念に解きほぐすべく、筆を進めて行って、忠治の時代が描かれる。忠治は手段であったことに、読者はここで気づこう。
そうしたなかでの著者の一貫した視点は、幕藩体制を相対化するような動きを探る点にある。今日の行政指導の源流のような、徳治政策による農民・町人の生活の細部にわたって指導を行う為政者に対して、民衆がどのように行動したかを探ってゆくのである。
落文(おとしぶみ)や火札(ひのふだ)による脅迫、子育ての絵馬が捧げられるかと思えば、間引きの絵馬も奉納される現実、こうした興味深い素材を扱って縦横に論ずる。
最近刊の「近世村落生活文化史序説」を踏まえた、これまでの江戸時代の村落の生活・文化への視点を一歩進めた書となっている。
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