読書日記

蒲池明弘『邪馬台国は「朱の王国」だった』(文藝春秋)、孫 栄健『決定版 邪馬台国の全解決 中国『正史』がすべてを解いていた』(言視舎)

  • 2018/11/15

邪馬台国研究の秀作、傑作――週刊文春「私の読書日記」より

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「二本史 家族人類学的ニホン考」を連載開始したとたん、例のLGBT騒動で、連載媒体の『新潮45』が突然、休刊に。『新潮45』はセールス用の右派言説を除くと、読みでのある記事の多い良い雑誌だったのに、残念。準備のために日本史関係、とくに古代史資料をしこたま買い込んでしまったが、後の祭りである。倉庫入り必至なので、近刊の中からユニークな視点で興味深かった本をピックアップして紹介しておこう。

一つは蒲池明弘『邪馬台国は「朱の王国」だった』(文春新書 八八〇円+税)

読売新聞の経済記者だ った著者は、退職後、巨大古墳のある土地を歩きながら、いったいどれくらいのコストがかかったのか、また古墳造営財源はどこから捻出されたのかという根源的疑問を抱く。これは実に正当な問いで、歴史を読み解くカギは常に「その金は誰が出しているんだ?」という問いに行き着くと私も思う。

従来の答えは、湿地帯利用の原始的農業から水田耕作への技術革新が達成されたため支配者が巨大な財力を蓄積できたというものだったが、稲作史の発展でこの技術革新説には根拠がないことが判明している。奈良盆地は降水量も日照時間も少なく、農業に向いていないのだから当然だ。第一、水田や畑に適した土地がない(今でも!)。また、銅輸出財源説も奈良周辺に銅鉱山がないからこれも成り立たない。では古墳造営の資金を支えたのは何か? 著者は武藤与四郎の『日本における朱の経済的価値とその変遷』を参考にしてこんな答えを出す。「農業だけでなく、鉱業をふくめても、奈良がナンバー1の産地であるのは朱だけなのです。消去法によっても、『朱産地としての奈良』という視点から古代史をかんがえる価値は十分にあるはずです」

朱というのは火山国の日本にはかつて大量に埋蔵されていた硫化水銀(水銀と硫黄の化合物)のこと。朱色の塗料にもなるし防腐剤・防虫剤、消毒薬としても使われる。われわれの世代には親しいアカチンの原料でもある。また加熱処理で硫黄を分離すれば水銀になる。水銀はいまでこそ毒性の強い鉱物とされているが、古代中国においては不老不死の仙薬とされていた。つ まり、古代においては中国・朝鮮相手の有力な輸出品だったわけで、巨大古墳の財源だったという仮説は十分成り立つ。げんに『魏志倭人伝』にも「その山には丹あり」という記述がある。ちなみに丹とは朱のことで、丹生(にゅう・にう)という地名や人名は朱の産出地と関係があったと考えられるし、「にゅう」や「にう」を別の漢字(たとえば「入」)で置き換えたケースを含めると、日本のかなりの地域が朱の産出や交易に関係していたと思われる。また、旧金山や現在のマンガン鉱には朱の鉱脈があったと思われるから、これをマッピングして古代史と重ねると意外な事実が浮かび上がってくる。

たとえば、邪馬台国の想定所在地は近畿と九州だが、ここは古代における朱の二大産地でもあり(伊勢を加えれ ば三大産地)、近畿説にしろ九州説にしろ、邪馬台国およびヤマト王権の繁栄は朱の輸出に支えられていた面が強いと推定される。しかも、朱という観点を導入すると、両者の関係を巡る三つの説、すなわち「①邪馬台国はヤマト王権との戦いに敗れて滅亡した(戦争説)。②九州にあった邪馬台国が奈良に移動してヤマト王権となった(東遷説)。③邪馬台国は奈良で誕生した国家で、それがヤマト王権になった(同一国家説)」は「①朱の鉱床をめぐる利権争い②九州の朱の鉱床の枯渇にともなう奈良への移動③奈良の朱産地の絶対的な優位性――と解釈でき」ることになる。

さらに、記紀神話を朱を巡る歴史として読み取ることも可能になる。すなわち、日向への天孫降臨、その子孫の伊勢・奈良への大遠征のコース、神功皇后の西征のジグザグ、土蜘蛛の謎、ヤマトタケルの悲劇など、朱というキーワードで読み解くと、下部構造と上部構造が見事に結びつくのである。たんなる思いつきや奇説ではない。論文仕立てにして論拠・典拠を明記すれば学術論文として十分に通る内容の本である。

邪馬台国は「朱の王国」だった / 蒲池 明弘
邪馬台国は「朱の王国」だった
  • 著者:蒲池 明弘
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:新書(262ページ)
  • 発売日:2018-07-20
  • ISBN:4166611771
内容紹介:
水銀と原料の朱は古代、大変な価値があった。その主産地は近畿と九州。邪馬台国論争や神話の解釈に新たな光をあてる「朱」の古代史。

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邪馬台国といえば九州説と畿内説との論争が有名だが、そのもとになったのは『魏志倭人伝』の旅程の矛盾である。書いてある通りに解釈すれば、邪馬台国は台湾かグアムになってしまうから、その矛盾した表記をどう合理的に読み解くかで九州説と畿内説に分かれるのだ。この論争に大きな一石を投げかけたのが、東洋史家・岡田英弘の『倭国の時代』(一九七六年刊)である。すなわち、岡田は『魏志倭人伝』 の本体の『魏志』は現王朝「晋」を正当化する目的で書かれた前王朝「魏」の正史なのだから、著者・陳寿が晋の開祖・司馬懿と朝鮮半島を征服した上司の司令官・張華の功績を輝かしくするために邪馬台国をライバル国の呉の背後の熱帯に持っていったのであり、不可解な道里記事や倭人の戸数の矛盾に頭を悩ましながら論争するのは無意味だとしたのである。

これに対して「いや、陳寿の矛盾表記には十分意味があり、暗号として書かれているのだから、これを『春秋』の「筆法」、つまり正史執筆に用いられる暗号コードに依って解読すべきだ。暗号の一つに「露布」の仕組み、つまり数字を十倍にする表現があり、これを里数表記に適用すれば、矛盾は解ける」としたのが一九八二年刊の孫栄健『邪馬台 国の全解決』である。当時、アカデミズムはそれなりに反応し、賛否両論があったようだが、著者がアカデミズムの人間でないという理由からか、以後、無視されるか密かに無断借用されるかしたらしい。また続編も書かれたが版元の倒産で入手困難になってしまった。それが今回、両著がシャッフルされた上で加筆修正が施され、『決定版 邪馬台国の全解決 中国『正史』がすべてを解いていた』(言視舎 一五〇〇円+税)として上梓されたのだ。

ふーむ。これは思いのほか正鵠を射ているのではないか? ヒントはモリ・カケ騒動である。上司命令で公文書を書き換えなければならない下役人の中にそれでも真実を伝えたいと思う誠意のある役人がいたとしよう。公文書は表面的にはきれいに書き換えられて いる。しかし、よく読むと書き換えが露見するような矛盾が意図的に残されている。さらに精読すると、解読コードを示唆するような箇所があるとしたらどうだろう? 後世の役人で暗号解読に長けた人がいたなら「了解。暗号解読に成功。貴兄の暗号コードで解読成功を公文書に記す」とするかもしれない。

つまり、本書のミソは、第一に恩人である司馬一族の悪業を知っていてもその栄光を称えざるをえない下吏の陳寿が歴史家としての自分の良心に忠実であるために『春秋』の「筆法」に従って『魏志』の「倭人伝」を書いたと見なしたこと。ちなみに「筆法」とは「微言」(規則的矛盾)で「大義」(真実の情報)に気づかせるように工夫した「微言大義」のコードのことである。第二に、その解読を中国 正史の「前史を継ぐ」の原則に忠実で、しかも「筆法」を知悉しているはずの『後漢書』作者と『晋書』作者に託したと解釈したところにある。つまり、暗号発信者と暗号受信者によるコード共有という推理が画期的なのだ。したがって『魏志倭人伝』の意図的矛盾という暗号の解読には『後漢書』の「倭伝」と『晋書』の「倭人伝」が用意した「解答」が最大のヒントになるのである。かくて、邪馬台国九州説が大きく浮上することになる。

たとえ歴史書として疑問を持つ人でも、該博な漢文知識と合理的思考に裏付けられた作者の暗号解読には脱帽せざるを得ないはずだ。歴史推理の傑作である。

決定版 邪馬台国の全解決 / 孫 栄健
決定版 邪馬台国の全解決
  • 著者:孫 栄健
  • 出版社:言視舎
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(346ページ)
  • 発売日:2018-02-09
  • ISBN:4865651144
内容紹介:
学術書の緻密さ+謎解きのエンタテインメント。日韓歴史教科書の書換必至!「謎」「矛盾」を『後漢書』『晋書』との連立方程式で解決

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

週刊文春

週刊文春 2018年10月11日号

昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

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