新鮮な視座 繁栄支えた多様性探る
地球上でいち早く野蛮・未開の状態を脱して文明の域に進み、国家生活を営むようになったのはエジプトのナイル河流域、メソポタミアのティグリス・ユウフラテス両河地方、インドのインダス河流域、中国の黄河流域のように、生産の発展に恵まれた肥よくな大河の地方の社会であった。
高校教科書でなじみの文だが、初出は1951年なのだそうだ。70年前に登場し、その後さまざまな分野の研究者から問題点を指摘されながら、今も教科書に掲載されている「四大文明説」に対し、文明はそれだけだろうかという疑問から本書は始まる。そして、中米(メキシコ)、アンデス、チベット、エチオピアの「高地文明」を「もう一つの四大文明」と位置づけるのである。ここには大河はない。受験勉強以来「四大文明」が頭の奥に沁みついている評者には、新鮮で刺激的だった。
著者は、現地調査からここにあげた四地域の共通性を見出す。古来多数が暮らし、多くの植物を栽培し、地域固有の農耕や家畜飼育法を発展させている。安定的・効果的な食料生産で生まれる大きな人口が文明の基本とされるが、この四地域にはそれがある。
ところで、文明につながる食料は保存可能な穀物とされ、従来の四大文明ではコムギである。ところが、著者が最も長く調査したアンデスでは、中心作物がジャガイモなのだ。その生産地である灌漑をともなう階段耕地の精巧さに、一六世紀にインカ帝国を征服したスペイン人が驚嘆した。研究者の中にある「イモでは文明はつくれない」という先入観に悩まされながら徹底調査を進め、今もある水分を抜いた加工食品チューニョの形で保存されたことを示す。それを象った土器が出土している。
因みに、メキシコではトウモロコシ、チベットでは麦、ソバ、エチオピアではテフが基本作物となる。テフは小粒で収量も低いのだが、今もエチオピアの食生活に欠かせない独特の穀物だ。
植物の栽培化と同時に、動物の家畜化も生活を安定させる重要な要素だが、メキシコでは七面鳥、アンデスではリャマ・アルパカ、チベットではヤク、エチオピアではウシと、地域の特徴が見える。
ヤクを家畜化しなければチベット高原で人間が暮らすことはできなかったろうと著者は言う。オスは耕起や運送用、メスは乳用だが、糞が肥料・燃料として利用されるのだ。家畜集団が大きくなるにつれて現在のような牧畜民も生まれたが、本来農牧民によって文明がつくられたのである。
このように、それぞれの文明の姿は現在のその地の暮らしの多様性につながっている。宗教もメキシコは多神教、アンデスは自然崇拝、チベットは独自の仏教、エチオピアはエチオピア正教であり、各々歴史がある。著者の新しい文明の提唱に検討の必要なところはあるだろう。けれども、地球にはさまざまな地域での自然の特徴を生かした歴史がある。既成概念に囚われずに実態を見ることで、人間の生き方の基本がさまざまな形で見えてくることは確かだ。本書の地域は、緯度が二〇度以下、高度二〇〇〇メートルから四〇〇〇メートルという共通点をもつ熱帯・亜熱帯の高地であり、それ故の暮らしやすさがある。他にも文明につながる切り口が見出せるのではないか。読みながら考えた。