書評
『コロンブスの不平等交換 作物・奴隷・疫病の世界史』(KADOKAWA)
物流のグローバル化がもたらした恩恵と犠牲を明らかにする
遠いむかし、中学の「世界の歴史」でならった。「1492年、コロンブス、アメリカ大陸を発見」。大切な年だから「石の国」と覚えるようにと、教師は記憶法をさずけてくれた。いしのくに(1492)、ナルホド。中学生の頭に世界発見がバッチリ入った。新大陸からトウモロコシやジャガイモが旧大陸にもたらされた。かわってヨーロッパ人はサトウキビや牛や馬をアメリカへもちこんだ。いうところの「コロンブスの交換」。史上最初の物流のグローバル化である。以後、相互に欠けたるを補って両大陸が発展した――。
とんでもない。大違いだ。強力な軍事力の支援をもつ国がグローバル化に乗り出すとき、どのような「不平等交換」に立ち至るか。それは物流にとどまらない。インカ帝国をはじめとする幾多の文明社会が滅亡した。ほんの数十年で人口が半減、いや十分の一にも減少した。
そもそも「新大陸発見」がおかしいのだ。南北アメリカにわたり、大むかしから人々が住んでいた。土地に合う作物をつくり、平和に暮らしていた。トウモロコシやジャガイモが、もとからあったわけではない。気の遠くなるような永い歳月と知恵でもって、試行錯誤しつつ野生を少しずつ改良して栽培作物とした。「アンデスでジャガイモの栽培が始まったのは紀元前4000年くらいと推定されているので、アンデスの狩猟採集民はこのような試行錯誤を数千年にわたってつづけてきたと考えられる」
名もない人々がつくり出した。それは蒸気機関の発明や原子力の開発とくらべて、人間の生活のためにつくした貢献の点で、はるかにまさる。ヨーロッパの人口変化が示しているが、アメリカ大陸からジャガイモやトウモロコシという新しい食糧源を得たおかげで大幅な人口増が可能になり、歴史を大きく変えたのである。
逆に旧大陸から新大陸にもちこんだサトウキビはどうか。砂糖生産は当時の最高度収益産業であって、ポルトガル、オランダ、イギリス、フランス……列強がいっせいにとりついた。ヨーロッパ人の侵略とともに現地の人口が大きく減少していた。「それでは、ヨーロッパ人たちは不足する労働力をどのようにして補ったのか」
アフリカから奴隷をつれてきた。「新大陸の地域別奴隷輸入数」が表で示してある。十八世紀だけで約600万人。奴隷船の平面図に見るとおり、詰めるだけ詰めた船内からして、ヨーロッパ人がアフリカ人を人間とはみなしていなかったのはあきらかである。少し視点を変えると、世界の歴史がどんなにちがって見えてくるか。
当書の語っていないことにも触れておこう。江戸幕府がとった鎖国政策につき、「国を孤立させた」「近代化の潮流から取り残された」などといわれるが、そうではあるまい。きわめて賢明な政策だった。
哲学者カントは十八世紀にヨーロッパの辺境から、地球のいたるところに「災厄の種」をまきちらす「文明国」の不平等と残虐をつぶさに見ていた。1795年刊行の『永遠平和のために』のなかで、日本が入国をオランダ人のみにかぎり、しかも「囚人のように扱って自国民との交わりから閉め出した」対処の仕方を力をこめて称賛している。
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