書評

『「男はつらいよ」を旅する』(新潮社)

  • 2020/01/04
「男はつらいよ」を旅する / 川本 三郎
「男はつらいよ」を旅する
  • 著者:川本 三郎
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(286ページ)
  • 発売日:2017-05-26
  • ISBN-10:4106038080
  • ISBN-13:978-4106038082
内容紹介:
失われた風景と、失われた日本人と――。「男はつらいよ」全作品をよみ解きながら、寅さんが訪ねた町をいま辿り直して見つけたもの。

時代に取り残されたような小さな町を掬(すく)いあげた物語

いま、ある世代以上の日本人は、よく覚えている。登場から退場までを見送った。姓は車(くるま)、名は寅次郎。年齢不詳、住所不定、職業テキ屋。

東京江戸川べりの葛飾・柴又の生まれ。生来の風来坊。「おいちゃん」のもとでしばらく厄介になっていたとおもうと、ちょっとした馬鹿をしでかしてプイととび出していく。行く先々で好きな人ができるが、たいてい片思いで、さびしく立ち去ってケリがつく。

そんな単純なつくりの映画が計四十八本のシリーズとなり、以来半世紀ちかくたったのに、くり返し上演されて人気が衰えないのはどうしてだろう?

映画評論を本業とし、旅好き、鉄道好き、ちいさな古い町が大好き。たぶん、やさしい女性に惚れっぽい人だろう。いわば近代化された寅次郎が、フーテンの寅さんの歩いた町を歩き、乗った鉄道に乗り、ながめた風景をながめて、詳細な報告をしたためた。そこから新しい「男はつらいよ」が誕生した。

町の人にとって寅はえたいの知れぬよそ者だが、どこであれ愛されるのはなぜだろう?「寅はどこからともなくやってきて福をもたらし、また去ってゆく『まれびと』である」

ノーテンキな愛嬌(あいきょう)者だが、いつもそうとはかぎらない。テキ屋稼業の厳しさは身にしみて知っているし、私は初めて知ったのだが、こんなシーンがまじえてある。

宿に泊った寅が、夜、机で何か書きものをしている。なんとその日の売り上げを書き留めている!(「寅次郎紙風船」)

わきにポケット時刻表が置いてある。何度もひらいて、あくる日の予定を思案したにちがいない。

五作目あたりから主人公が日本各地を旅するようになり、シリーズはロードムービーの性格を強めていく。おりしも戦後高度成長のまっ只中で、田中角栄『日本列島改造論』がもてはやされた。日本の国土が土建屋に売り渡されて、昔かたぎの古い町は、しだいに取り残されていく。寅さんはまさにそんな町へ行く。青森県鰺ヶ沢、備中高梁(たかはし)、津山、勝山、龍野(現たつの市)、信州奈良井宿、佐賀県の小城(おぎ)……。映画を見て、はじめてその町を知ったという人も多いはずだ。はなばなしく国鉄(当時)がキャンペーンをした「ディスカバー・ジャパン」に異議を申し立てる「日本再発見」である。そこへ一人の極楽トンボが降り立った。

ローカル線の行きかいする、ちいさな、懐かしい町というだけではない。そこでは住人は、一歩家を出ると、たえず挨拶しなくてはならない。いたるところに知り合いがいる。年に一度の祭礼がはなやかなのは、ほんのいっときの息抜きの日であるからだ。伝統と因襲がよどんだ町にあって、若いときは出ていくことを願いながら、とうとう出ていく勇気をもたぬまま年をとった。

寅次郎の背後には、そんな日本人社会がある。知ってか知らずか、われらの風来坊が、そこをそっとかすめて通る。ほんのしばらく波紋があって、やがて元のしずもりにもどるだろう。その後、さびれ果てた町であれ、誰もが寅のことをよく覚えていた。川本三郎はシネマ紀行にかこつけて、そんな日本人社会の旅をした。
「男はつらいよ」を旅する / 川本 三郎
「男はつらいよ」を旅する
  • 著者:川本 三郎
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(286ページ)
  • 発売日:2017-05-26
  • ISBN-10:4106038080
  • ISBN-13:978-4106038082
内容紹介:
失われた風景と、失われた日本人と――。「男はつらいよ」全作品をよみ解きながら、寅さんが訪ねた町をいま辿り直して見つけたもの。

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初出メディア

サンデー毎日

サンデー毎日 2017年7月2日号

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