書評
『百本杭の首無死体: 泉斜汀幕末探偵奇譚集』(幻戯書房)
幻想小説の大家となった兄の陰で世相に長けた捕物帳を書いた鬼才
知らなかった。まるきり知らなかった。泉鏡花に七つちがいの斜汀(しゃてい)という弟がいて、若いころ、兄貴まがいの小説を書いていたらしいこと。とうていかなわないと思ったのか、大正と世が変わって探偵小説の隆盛を感じとったのか、探偵奇譚を書き出して、ひところはその筋の雑誌をにぎわした。昭和8(1933)年、怪しい軍国時代の雲行きのなかで、すっかり忘れられ、さびしく死去。くわしい人に教えられた。のみならず奇譚をまとめた一冊をいただいた。『百本杭の首無死体』とはタイトルからしておだやかでない。表紙には大好きな小村雪岱(せつたい)が装画に使われ、こよなくイロっぽい。老人の鑑賞用として部屋のめだつところに立てかけておいたら、家人から抗議が出た。毎朝、「首無」のタイトルと出くわすのはやめてもらいたい――。
ツノ書きがついていて、「彌太吉老人捕物帳」、それが二編。ほかに「幕末奇談」「捕物哀話」「新講談」。名探偵彌太吉老人とはステキな名前だと思うが、これで通さなかったらしい。
大阪毎日新聞のT君が面白い老人を紹介すると言って呉れたのは、焼けつくような土用の或晩の事だった。
大正7(1918)年、探偵雑誌二・三月号に「首無」を発表したときの出だし。旧幕の与力をつとめた男。大正の世まで生き残っているのは、老人ひとりぐらいなもの。直ちにもう一人を思い出すだろう。半七老人である。物語のなかでは若々しいが、やはり江戸の生き残りとして引き合わされ、その聞き書きのスタイルでつくられた。
どちらが先だったか、比較になるところだが、彌太吉老人モノはわずか2話。半七は68話(数え方によれば71話)。泉斜汀は数は質に転化するという文業の原理を知らなかったらしい。
検死の役人が来たのは今の午前9時過た頃だったろう。何分肝心の首が無いので見当が皆悉(からつきし)附かず。
犯人はそれを目的に首を切り落として川へ投げこんだようだ。背中から両腕内股へかけてびっしりと刺青(ほりもの)をしている。那智の瀧荒行の文覚(もんがく)上人。
首無の経過と並んで、幕末の混乱に乗じて商家を荒らす押し込みが報告されていた。必ず七人一組で、現金しか狙わず、また必ず女房や店の女に悪さをする。七人組の一人は足が白い。
半七でもそうだが、ここには早くも江戸時代捕物帳の原理が顔を出している。
徹底した封建社会にあって職業が細分化され、代々受けつがれていく。おのずと職種による衣服、ことば、気風、からだ、すべてがことなっていた。首が無くとも、こまかい観察をつみ重ねれば、どんな年ごろの、どんなところで働いてきた、どんなタイプの人間であるかがわかるのだ。犯罪の当夜、夫婦喧嘩(げんか)をしたことまで見通せる。半七モノがあれほど長々と続いても、読者に飽きがこなかったのは、それだけゆたかな江戸社会があり、岡本綺堂が深くその多様さを愛していたことにもよるだろう。
殊に足の裏の優(やさ)いのは足袋稼(たびかせぎ)の者と馬屋仲間に眼を附て居たんです。
「泉鏡花没後80年記念」に弟の本が出た。ありあまる資質と条件をそなえながら大成しなかった。愛の対象がまちがっていたのだろうか。