解説

『スタンド・アローン―20世紀・男たちの神話』(筑摩書房)

  • 2017/04/23
スタンド・アローン―20世紀・男たちの神話 / 川本 三郎
スタンド・アローン―20世紀・男たちの神話
  • 著者:川本 三郎
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(291ページ)
  • 発売日:1992-10-00
  • ISBN-10:4480026576
  • ISBN-13:978-4480026576
内容紹介:
人気コメディアン、W・C・フィールズは、人も動物も大嫌いという変わり者だった。経歴も写真も明らかにされることがなかった謎の作家、B・トレヴンの正体は―。今世紀初頭から現在まで、映画、文学、スポーツ、音楽などの分野で独自の世界を築いた個性的な男たち23人のミニ・バイオグラフィー。

一行分の人生を生きぬいた男たち

作品よりも人間が好き。川本三郎さんの批評態度をひとことで要約すれば、こういうことになるのではないか。

もちろん、ひとくちに人間といっても、それは、作品の中の人間、つまり作中人物や俳優のこともあれば、作品をつくった人間、つまり作者のこともある。

初期の傑作『朝日のようにさわやかに』や『傍役グラフィティ』は、前者の典型で、B級・C級映画を何本も重ね合わせることによって、ポンコツ・ヒーローや殺され役のバイ・プレーヤーたちの演じた断片的な生から一つのトータルな架空の人生のようなものを紡ぎだし、そこに、本音で生きる「人間」を見いだすという独特の方法に基づいていた。

この方法は自分でもやってみればすぐにわかるように、一種の名人芸に近く、おいそれと真似のできるようなものではない。B・C級映画の熱狂的ファンは案外多く、細部に過度の思い入れをしてそこに自己の人生を重ね合わせるということをしている物書きも珍しくないのだが、彼らが熱をこめて語る肝心の「人間」が紋切り型の域をでなくてさっぱり面白くないことが多いのである。いくら映画がクリシェだといっても、そこから勝手に引きだした「人間」までがクリシェであっていいわけはないのだ。

これに反して、川本さんが織りあげる「人間」はなんと個性的で魅力的に映ることだろうか。はっきり言って、川本さんが「素材」にした映画なんぞよりもはるかに面白い。『朝日のようにさわやかに』で扱われた映画をもう一度見たいとは思わないが、川本さんがそこで描いた肖像は何度でも繰り返して読みたくなる。なぜならば、そこには、川本三郎という類いまれな感受性を通って濾過され凝縮された「人間」が確かに息づいているからである。

本書『スタンド・アローン』についてもまったく同じことが言えるだろう。ただ、ここで川本さんの関心をひいているのは、作品の中の人間ではなく、作品をつくったほうの人間、とりわけ男の作家、映画監督などである。もちろん、ロッキー・マルシアーノやミッキー・マントルのようなスポーツ選手もいるが、ボクシングや野球の試合とて彼らの作品と考えられなくはないわけだから、ここでもまた「作品よりも人間が好き」という嗜好は見事につらぬかれている。では、川本さんが選び出してきたのはどんな男たちなのだろうか。

少数の例外を除いて、できるならお近付きになりたくないと思うような男ばかりである。ようするに、遠慮とか慎みとか協調心とかの美徳を知らず、我がままで自信家で鼻っ柱が強く、行く先々で喧嘩をして敵をこしらえ、パーティーなどでも、あいつが行くなら俺は行かないと言われ、死んでからでも「彼はだれからも愛された」などという弔辞は間違っても受け取ることはない。トルーマン・カポーティーやファスビンダーのようにホモでアル中でスキャンダラスな生活を送ったり、マイク・トッドやロッキー・マルシアーノのように裸一貫からたたきあげ、生涯を通じて金にあくなき執念を示したり、ジョージ・ラフトやロバート・ミッチャムのように警察と世論を敵としてインモラルな魅力でファンを痺れさせたり、ノエル・カワードやゴア・ヴィダルのように泥くさい生活を軽蔑して貴族主義者を標榜したり、あるいはエリア・カザンやパゾリーニのように心の傷を抱えて観客を絶望させる暗い映画を撮りつづけたり、とにかく、どの男を取っても、もし実人生で一緒になったら、お友達になりたいとは絶対に思わないような輩の揃い踏みである。

だが、それにもかかわらず彼らは魅力的なのである。いや、当然、「それゆえに」と言ったほうがいいだろう。なぜなら、よく人は言うではないか、「あの人はねえ、たしかに心の優しいいい奴で、感じもいいんだけれど、つまらないねえ」と。そうなのだ、人は皆、心の底では、こうした、自分の力だけを頼みとして、自己の欲望をひたすら肯定し、百万人といえども我行かんとばかりに我がままいっぱいに本音で生きた人物を愛しているのだ。自分には、そうした生き方が不可能なのはわかっているから。

しかし、つまらない善人や、けちな小悪党ならそこらにいくらでも転がっているが、本書に登場するような人生の痛快な悪役というのは、それなりの大きな器量を要求されるから、そうそう簡単に見つかるものではない。むしろ、多くのデカダン作家のように、実人生を洗ってみると「我が書はみだらなれど、我が生は清らかなり」というように、案に相違して、波乱のない平々凡々たる生活を送っているケースが多いのだ。というよりも、作品よりも人間のほうが面白いと言えるような作家や監督はむしろ少数派に属するものなのである。歌手やスポーツ選手にしてもまたしかり。生涯に何度も結婚や離婚を繰り返し、無軌道な生活をおくって、華やかな前半生のわりには不幸な晩年を送ったという例はそれこそ枚挙にいとまがないだろうが、自己の人生哲学の結果そうなったといえる人は予想しているほどに多くはないのである。

だから、ここに勢揃いした不敵な面がまえの男たちの写真と、その下に一行で要約された彼らの人生哲学を眺めていると、「人間」に対する川本さんの嗅覚の確かさと愛情の深さにはあらためて感じいるほかはない。これは私の勝手な想像なのだが、記述の参考になった各人の伝記には、案外、興味本位の暴露本が多いのではなかろうか。つまり、スキャンダルから「人間」を救い出して、それを我々のもとに送り届けるというその過程には、川本さんの「人間」への愛が深く関与しているのである。

「人生は一行のボードレールにも若かない」と断言したのは芥川龍之介である。しかし、本書を読むと、自分が心に刻んだたった一行分の人生を精一杯に生きることは決して不可能ではない、形さえ問わなければ、と考えたくなってくるから不思議だ。

ところで、初めに川本さんの批評態度を「作品よりも人間が好き」と要約したが、ここまでくれば、この言葉に訂正を加えるべきことはあきらかだろう。なぜならば、本書で取り上げられた二十三人の男にとって、最高の「作品」とは彼らの人生そのものだったからである。

【この解説が収録されている書籍】
解説屋稼業 / 鹿島 茂
解説屋稼業
  • 著者:鹿島 茂
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(238ページ)
  • 発売日:2001-08-00
  • ISBN-10:479496496X
  • ISBN-13:978-4794964960
内容紹介:
著者はプロの解説屋である!?本を勇気づけ、読者を楽しませる鹿島流真剣勝負の妙技、ここにあり。

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スタンド・アローン―20世紀・男たちの神話 / 川本 三郎
スタンド・アローン―20世紀・男たちの神話
  • 著者:川本 三郎
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(291ページ)
  • 発売日:1992-10-00
  • ISBN-10:4480026576
  • ISBN-13:978-4480026576
内容紹介:
人気コメディアン、W・C・フィールズは、人も動物も大嫌いという変わり者だった。経歴も写真も明らかにされることがなかった謎の作家、B・トレヴンの正体は―。今世紀初頭から現在まで、映画、文学、スポーツ、音楽などの分野で独自の世界を築いた個性的な男たち23人のミニ・バイオグラフィー。

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