いま、白秋を
世の中には妙なことを自慢する人がいるもので、俺は月に五十冊以上本を読むなどと速読を誇ったりするするのをよく見聞きするが、そういうのは読書の本筋からは外れた俗物根性のように思う。ほんとうの読書は、やはりゆっくりじっくり、味わいながら、色々なことを想像しながら読むべきものと信ずる。そういう読書を心がけていると、対象とする書物そのものに、「精読されるべき力」が具わっていなければならぬことに気付く。どんなに世上喧伝せられている流行の書であっても、薄っぺらい内容の本は忽ち読む気が失せる。
川本三郎さんが、今年の二月に出された『白秋望景』は、いまどきの本にしては大型で厚くて重くて、しかもページは相当に黒っぽいから、なかなか読みごたえがある。
私はこの書を手にして以来、ほんとうに少しずつ少しずつ、あたかも酒飲みがウルカなどをチビチビ嘗めながら微妙な味わいを楽しむように、毎日少しずつ少しずつ読んだ。
あの『からたち』などの歌曲の詩で良く知られた、近代詩壇の巨人、北原白秋の生涯を、頗る丹念に追いながら、その詩業の変遷と意義を考察した本なのだが、こう書くとなんだか難しい本かと誤解する人がいるかもしれぬ。
しかし、実際には、決して読みにくい本ではなくて、しっかりじっくりと読み進めて行けば筆意誠に明晰、いささかの分かりにくいところもなく、学者先生たちの研究書のような衒気など皆無で、まさに読書本来の楽しみを味わえる好著である。そして、こういうのを「労作」というのであろうなあと、つくづく著者の孜々たる努力を思った。