対談・鼎談

鹿島茂『小林一三 - 日本が生んだ偉大なる経営イノベーター』(中央公論新社)

  • 2019/02/16

小林一三 - 日本が生んだ偉大なる経営イノベーター / 鹿島 茂
小林一三 - 日本が生んだ偉大なる経営イノベーター
  • 著者:鹿島 茂
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:単行本(512ページ)
  • 発売日:2018-12-19
  • ISBN-10:412005151X
  • ISBN-13:978-4120051517
内容紹介:
阪急、東宝、宝塚……。近代日本における商売の礎を作った男。哲学と業績のすべて。博覧強記の著者による、圧巻の評伝。

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人口減少時代の今こそ小林一三の経営術に学ぼう

逆からものを見る人


鹿島
小林一三(一八七三~一九五七)という人物を、どうして二十一世紀のいま取りあげたかというと、小林一三の最大の特長は、社会がこれからどのように変わっていくのかを見据えた上で、そこから演繹して自分のやるべき事業を考えたことにあった、とみたからなんです。当時としては非常に珍しい考え方でしたが、先が見えないいまのような状況だからこそ、必要とされているのではないか、と。

たとえば、箕面有馬鉄道を作り沿線に住宅地を開発したのも、鉄道を敷いたらその沿線にたまたま良い土地があったのではなく、良い土地があったから、鉄道を敷くに値すると考えた。当時、大阪は環境汚染で良い住宅地への潜在的需要は大きかった。しかし、政府の優良住宅地は大衆─正確にはサラリーマン階級ですが─には手が届かない。しかし、そういう人たちが担い手になる社会がやってくると明治の時点で見据え、そこから自分のやるべき事業を考えていった。

楠木 小林一三は経営者としてものすごく面白い人物です。これまで何冊か評伝を読みましたが、今回の鹿島先生の本(『日本が生んだ偉大なる経営イノベーター 小林一三』)は決定版だと思いました。

僕は競争戦略という分野で仕事をしています。戦略とは何かというと、競争相手との違いを作る、この一点につきるんですよね。違いとはどういうことかというと、個別のアクションやディシジョンももちろんあるのですが、それを繰り出す順番が大きい。つまり、戦略の「ストーリー」です。

小林一三という人は、論理と思考の奥行きがある。鉄道を敷く時も乗客の数ではなく、住人の数に目が向いていたということからもわかるように、物事が違って見える。思考の順番が違うのです。

よく素人の経営者は、なにかすごいことをやろうとして、いまだったらAIとかIoTみたいな飛び道具に頼ろうとしてしまうのですが、そういうものに手を出せばいいことが起きるというわけではない。二流経営者はすぐに「シナジー」とかいう。戦略を組み合わせの問題として考えていて、時間的な奥行きがないのです。その点、小林一三はこういうことをやると、こういうふうになる、とストーリーで経営を考えている。大変に優れた経営者です。
 

考える経営者


鹿島
たしかに小林一三は、日本の経営者としては珍しいくらい、考えることを重視しました。小林一三の経営哲学とは何か、と聞かれたら、考えろ、の一言につきます。

楠木 自由主義・合理主義という抽象度の高いところにぶれない軸がある。そこから論理的に戦略を演繹していく。小林が昭和十三年に東京の新橋に開業した第一ホテルが「考える」経営の象徴的な例です。常識を取り去って顧客を観察するところから、コンセプトが出てくるわけですよね。

鹿島 その通りです。まずサラリーマンが東京への出張費にいくら使えるのかを調べて、その範囲内で賄えるホテル代を設定した。都心にあって、風呂を完備する代わりにどこを削ったかといえば、部屋を狭くして、でも玄関は豪華にする。バブルのころはそういう狭いホテルは敬遠されましたが、いまはまた狭くても都心がいいという風潮になってきている。小林一三の考え方はすごく合理的で、求められる合理性は時代によって変わるけれど、必ず小林の考えたところに戻ってくる。

楠木 喫茶店やバーは館内にあるのだから、ルームサービスのような無駄なことはしない、チップは不公平だから全廃する、コックに食材の仕入れはさせないなど、それまでのシティホテルとは全く違う考えの上に第一ホテルは成り立っていた。大きな構想からの演繹で具体的な施策が出てくる。小林一三の真骨頂です。

鹿島 小林が設立した映画会社の東宝も、伝統芸能の歌舞伎を興行している松竹に、素人集団が挑んだ典型例ですね。つまり一流の役者、一流の劇場を使えば、これだけのお金がかかるから、それを払える人だけに来てもらうのが松竹。それに対して小林は、これから社会は大衆化していくのだから、間口を広くしなければ企業はやっていけないと考える。そして観客が払えるお金から逆算して映画や演劇を作る。

楠木 なるほど。お客さんがお金を払うというエンディングから逆算して、経営方針を決めるという方法は、いまの経営者でいうとユニクロの柳井正さんに非常に似ていますね。たとえばフリースという、山登りをする人が一万円以上出して買っていたものを皆が買えるようにするには、いくらにすればいいのか、と考える。洋服は生活を構成する部品であると捉え、機能的な提案をしながら、毎年、商品改良をしていく。これは大衆のほうを向き、エンディングからストーリーをつめていくという意味で、小林一三に似たタイプの経営です。

鹿島 柳井さんはいまの日本には珍しい「考える経営者」ですね。一度渋谷の丸善ジュンク堂で本をまとめ買いしているところをお見かけして、好奇心からカゴの中を覗いたら、歴史書と思想書ばかりでした。小林一三の「考えろ」を実践されているようでした。

楠木 デパート参入の時の話も面白いですよね。どのデパートもお客を集めるのにすごくコストをかけているけど、これは無駄だと。初めからお客がいっぱいいるところにデパートを作ればいいと考える。これが梅田駅の隣にできた「ターミナル・デパート」というコンセプト。とくに面白いのが、「薄利多売」についての小林の論理です。普通なら薄利だから多売しなければならないというロジックになる。ところが、小林の場合は、多売が初めからあって、だからこそ薄利でいいと考える。そうするとますます顧客が魅力を感じて好循環が生まれる。この好循環というのが、優れた戦略ストーリーの特徴です。

いまよくいるIT起業家のように、先行者利益を早く取りにいこうというせわしない経営ではない。自分が論理的に確信できるストーリーができあがるまで、じっくり待つんですよね。阪急の本社ビルの二階を食堂に、一階を白木屋にして、どのくらいお客さんが来て、どのくらい売り上げが立つか見ていく。すべてが時間的な奥行きをもってきれいに順番で並んでいるので、基本的な確信がある。リスクを取りにいっても揺らがない自信があったのだと思います。

鹿島 本当にじっくり時間をかけて経営を組み立てていますね。

松下幸之助との比較


楠木
同時代の大経営者である、松下幸之助と比べてみると、これがまた面白い。小林一三と松下幸之助の共通点はいろいろあって、まずふたりとも当時としてはかなり長寿である。戦後に公職追放の経験もある。それから、ものすごい人口増で、マーケット自体が大きくなっていく時代背景のもとで経営していた。あとは、人間の本性に対する洞察に基づいた大構想があって、その結果として事業が出てくる。松下幸之助が「不景気よし、好景気なおよし」と言っているように、景気にあまり左右されない。このあたりはふたりの共通点だと思います。

鹿島 松下幸之助には、私も非常に興味を持っています。しかしふたりは、異なる部分もありますよね。

楠木 その通りです。松下幸之助のマネジメントの本質は、HOWにある。事業部制とか、組織の管理の仕方が、HOWを起点にマネジメントされている。

それに対し小林一三は、プロデューサーでありクリエイターであって、何をするか、WHATの人。松下幸之助はいまでも経営者に対する影響力が強いですが、いまの日本では小林一三のほうがむしろ必要とされている経営者像なのかもしれません。

松下幸之助は叩き上げの、あらゆる不幸を背負った状態からスタートした人ですが、小林一三は生まれも悪くないし、最初、三井銀行に一五年勤めて、大物たちの匂いをかいでいます。それに対して、松下幸之助が教えを乞うたのは、商売敵だったり問屋のおじさんだったりする。そしてがんがん攻めていく生まれながらの起業家の松下に対し、小林はわりと受動的。

鹿島 たしかに、大学で学び、銀行員を経験して……という小林の生き方は、われわれにも想像がつきます。

楠木 松下幸之助はマイナスをゼロに持っていく人で、不便や不足が世の中に鬱積しているから、それを解消してゼロにするという方針。「水道哲学」がいい例ですね。

それに対し小林一三は、ゼロからプラスを作っていく。アメニティ、快適さ、健全さとか、宝塚のモットーである「清く正しく美しく」を目標とする。これも今日的なのかなと。

鹿島 小林一三はいろいろな運命にさらされたわりに、自分は非常に幸運な人間であるという認識があったようです。彼が一番つらかったのは、三井銀行時代だと思うのですが、その三井時代に地方の支店で会計監査のようなことをやって身につけた数字への強さは、その後の彼にとって、非常に役に立っていますね。

楠木 まさに、人生に回り道なし。それにしても、一五年も銀行員をやったというのは、初めからどうしても自分の力で世に出て勝負してやろう、という人でもなかった、そこも面白いですよね。

鹿島 銀行勤めしながら小説家になりたかったと言っています。

楠木 あと、小林は自分の弱さとか欠点を人に対して隠さない人だったという気がするんです。

鹿島 それはありますね。

楠木 そのことがまた、リーダーとして非常に求心力を持てた理由ではないかと。

鹿島 よく部下を「バカヤロー」と怒鳴る人だったんですが、部下がそれを真に受けて「辞表を出します」と言ったら、「俺に怒られて辞めるバカがいるか」と(笑)。部下が皆、小林一三に怒られた快感を語り合うという、不思議な経営者ですね。人格を否定するような怒り方はしなかったのだと思います。

楠木 なるほど。

鹿島 彼は宝塚音楽学校の校長先生でもありました。小林一三が始めた宝塚ですから、私も見に行きました。今回の本でも、「宝塚歌劇団に男性がいないわけ」という一章を設けたのですが、そこで判明した小林の「考えろ」というのが面白い。男が男を演じても等身大の男のせいぜい二倍くらいしか素敵に見えないけど、女が男をやれば、一〇倍も二〇倍も素敵なスーパー男ができる。歌舞伎の女形の裏がえしなんですけど、そういう結論に至ったというのがすごいと思う。

楠木 なかなか思いつきませんよね。

鹿島 宝塚の少女歌劇は最初は男の観客が多かったのですが、だんだん女の客が多くなってきたので、これは成功すると確信したということも面白い。しかも小林一三がすごいのは、結果として阪急沿線の文化を作ったことです。

小林について調べて改めて分かったのですが、宝塚の本質は宝塚音楽学校にあるんですね。梅田から阪急に乗ってあのあたりに行くと、女子学生が話している関西弁が音楽的でとてもきれいなのです。あれは宝塚音楽学校の言葉です。あの言葉を話す女子学生たちがいる、阪急沿線というものがあるから、関西という地域は非常にバランスが取れているのでは、と感じます。阪急沿線文化というのは宝塚を核とした女系文化なんですね。
 

大衆に託した理想


楠木
小林一三がターゲットにしたブルジョワジーとは何かというのが鹿島さんの面白い論点で、ブルジョワジーの家庭というのは、父親は働いているけれど、母親は働いていない。これが当時新しく出てきた大衆なのですね。それが将来のマジョリティになる。この層では母親が隠れた主権者になってきて、食べるものに関心を持つようになる、このことが、小林には分かっていた。

鹿島 彼が阪急沿線に学校を誘致したと言われていますが、実はそうではなくて、甲南大学や甲南女子大学の前身校のほうが阪急より前にできている。小林はそれを取り込むために神戸線を通した。いったん鉄道が敷かれると、他の大学もできて沿線の格がどんどん上がっていった。箕面有馬鉄道の仕事を始めた時から、沿線にどういう人を住まわせるかをイメージしていたわけです。だから、階級を作った人なんですね。小林は大衆という言葉を使っているのですが、文化を牽引するのは上流階級でも下層階級でもなくて、真ん中より少し上の階級なんだという信念をずっと持っていた。

楠木 自分の価値基準に照らした、あるべき社会というビジョンがあって、その担い手としてのブルジョワ、彼の言葉でいう大衆を設定する。その構想力が素晴らしい。

鹿島 彼にとっての大衆というのは、民主主義社会の質のいい大衆というもの。そういうブルジョワの、自由な自己決定による選択に基づく経済を理想とするから、統制経済が出てきた時には、心の底から戦ってやろうという闘志がわいてきたみたいですね。

楠木 彼が面白いのは、宅地開発の時に普通なら資産家に家を売ろうとするんだけど、そうではなくて、これから収入が伸びていくサラリーマンにローンで家を買ってもらおうとした。鹿島さんの本だけではなくて、他の人が書いた小林の伝記でも必ず出てくるエピソードに、「ソーライス」がありますね。阪急食堂でライスカレーのライスだけを注文して、置いてあるソースをかけて食べている貧乏なお客も、やがて収入が上がって家族を連れてきてくれるのだから、と歓迎した。考えることにいちいち時間的な奥行きがあります。

鹿島 そうなんです。その観点から作ったのが阪急沿線で、これは階層であり、ひとつの文化。手塚治虫とか村上春樹とか、東京ではありえないような、独特の文化とメンタリティを持った人が出てきています。おそらくそれは男系ではなく女系です。

楠木 小林一三というのは、ビジネスを通じて、本当の意味で社会を変えた人といえると思います。しかもそこに無理がない。

人口減の時代に


鹿島
小林一三が生きた時代は、人口増という背景があって、そこから演繹してこういう事業ができる、と考えることができた。だけどいまは人口減の時代だから、そこから演繹して考えなければいけない。でも基本的には小林がやったのと同じで、人口減だからこそ、初めてできることもあるはずなのです。

楠木 経営というのは、何もしないでいたら起きなかったことを起こすもの。人間の意志に基づく行為です。もし、皆が明日はよくなると思っている時代でないとうまくビジネスができないというのであれば、経営者はいらない。いまのような時代だからこそ、意志的行為としての経営が必要になると思うのです。

小林の言動には「災いを転じて福となす」という意味のことが多い。どんな出来事でも、全面的に良いとか全面的に悪いということはない、と。いまノスタルジーとして人口増の時代はよかった、なんて言っていますけど、当時の新聞を見ると、受験戦争で住宅難で通勤地獄で大変だ、と言っている。それがいまでは、人口が減って右肩下がりで閉塞感─では、どうなりゃいいんだと。常に同時代人は不平不満を言っているものなのです。だからこそ、夏は暑い、冬は寒いじゃなくて、夏に「寒くないぞ」と考えられるのが、経営者だと思うのです。小林一三はまさにそれをやった人ですね。

鹿島 人口が減少したというのは、ある意味で、社会がうまく運営されたということでもあります。生活が豊かになれば必ず人口は減りますから。それは個人では制御できない集団の無意識の判断なのです。だから人口減少にマッチした豊かさを目指すというのが、これからの経営者がビジョンとするべきところではないでしょうか。

楠木 いまのペースで人口が減ったら日本人は数百年後には消滅するなんて極端なことを言う人がいますが、もちろんそんなことはない。どこかで人口減がストップする定常状態になります。何千万人の国になるのか分かりませんし、その過程で、もしかしたら社会保障システムの破綻みたいなことがあるかもしれませんが、少なくとも太平洋戦争よりは深刻ではない。

問題は、人口が定常状態になった時に、日本という国に対してわれわれはどういうビジョンを持つのか、ということ。そこには問題と同じぐらいチャンスがあるはずです。もしいまの時代に小林一三がいたら、そういう人口減の時代ならではのいいところをたくさん見つけて、面白い商売を興しているのではないでしょうか。          

構成:里中高志

小林一三 - 日本が生んだ偉大なる経営イノベーター / 鹿島 茂
小林一三 - 日本が生んだ偉大なる経営イノベーター
  • 著者:鹿島 茂
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:単行本(512ページ)
  • 発売日:2018-12-19
  • ISBN-10:412005151X
  • ISBN-13:978-4120051517
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中央公論 2019年1月号

雑誌『中央公論』は、日本で最も歴史のある雑誌です。創刊は1887年(明治20年)。『中央公論』の前身『反省会雑誌』を京都西本願寺普通教校で創刊したのが始まりです。以来、総合誌としてあらゆる分野にわたり優れた記事を提供し、その時代におけるオピニオン・ジャーナリズムを形成する主導的役割を果たしてきました。

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