コラム

アニエス・ポワリエ『パリ左岸 1940-50年』(白水社)、マラルメ『マラルメ全集』(筑摩書房)、プルースト『失われた時を求めて』(岩波書店/光文社)

  • 2019/11/03

「美しい」本、3冊

パリジャンは一見すると貧しく平凡でまったく価値のないように見えるモノや場所に、 ある日突然、 「この美しさがわからないのか? それはあなたがツマラナイ人間だからだ」という、はなはだ唯我独尊的な理由で価値を付与し、実際に、そのモノや場所を特権的なものに変えてしまうという奇跡なような力をもっていると言わざるをえない。

たとえば、リーヴ・ゴーシュと呼ばれるパリ左岸。ここは二十世紀になるまで「坊さんと学生の街」として流行とはまったく無縁な場所と考えられていた。

ところが二十世紀に入るやいなや、まずモンパルマスが画家たちに注目される。郊外馬車のターミナルで馬小屋がたくさんあったのがバスやメトロの登場で空き家になったのに目をつけたのだ。次にサン=ジェルマン=デ=プレが注目を集める。 長期滞在できる安ホテルがたくさんあり、 仕事場代わりに使えるカフェがあったからだ。

本書はそうしたパリジャン、 パリジェンヌの「美しい場所」に対する嗅覚の歴史である。

パリ左岸:1940-50年 / アニエス・ポワリエ
パリ左岸:1940-50年
  • 著者:アニエス・ポワリエ
  • 翻訳:木下 哲夫
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(466ページ)
  • 発売日:2019-08-31
  • ISBN:4560097194
内容紹介:
「光の都」パリが最も輝いた時代の人間模様目まぐるしく移りゆく社会情勢と世相を背景に、戦後、新たな時代の幕開けを彩り、歴史に名を刻んだ人々の人生が交錯する瞬間を活写する。[口絵2頁]1940年から50年に至る10年間は、「光の都」パリにとって最大の試練であると同時に、最も意義深く、最も… もっと読む
「光の都」パリが最も輝いた時代の人間模様

目まぐるしく移りゆく社会情勢と世相を背景に、戦後、新たな時代の幕開けを彩り、歴史に名を刻んだ人々の人生が交錯する瞬間を活写する。[口絵2頁]

1940年から50年に至る10年間は、「光の都」パリにとって最大の試練であると同時に、最も意義深く、最も輝いた時代だった。目まぐるしく移りゆく社会情勢と世相を背景に、戦後、新たな時代の幕開けを彩り、歴史に名を刻んだ人々の生が交錯する瞬間を活写する。
著者はナチ占領下から解放に至るまでの激動のパリに読者を誘う。そして、そこに集った詩人、作家、思想家、画家、彫刻家、写真家、歌手、俳優、映画監督、ジャーナリスト、政治家の人生を巡る悲喜劇、レジスタンス運動、実存主義、マーシャル・プランを巡る人間模様、時代を彩る芸術の傑作群の誕生の経緯等を、ミクロの視点とマクロの視点を巧みに切り替えながら、まるで自ら目撃したかのように臨場感豊かに描き出す。
共産主義や人種問題を巡るアメリカとの対比、芸術分野を横断し、国境を越えた人々の交流を通じて、戦後まもない時期にパリが国際的に果たした役割の大きさに改めて気づかされる。とりわけ、男性優位の旧弊な社会で自らの生き方を模索した、ボーヴォワールを初めとする有名無名の女性たちの人生が女性の視点から描かれる点は興味深い。私たちの生きる現代の礎となった時代を理解するのに格好の一冊。

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かつて、世界中でフランス文学者がこれほどに多く、しかも、そのレベルが異常に高い国は日本を措いて他にないだろうと言われた時期がある。

その最盛期のフランス文学研究の精鋭たちの叡知が結晶したのがこの全集。

マラルメは世界最難解の詩人である。ゆえに、その全業績を日本語に翻訳しただけでも偉大な事業だが、この全集は内容ばかりでなく装丁もまた世界最高水準の美しい造本となるように努力している。なぜなら、マラルメは自分の詩はタイポグラフィーや造本を含めた最高の美的書籍環境において読まれなければ真に理解されないだろうと考えていた詩人だからである。今後、二度と出版されることがないことが確実なゆえ、目についたら直ちに購入することをお勧めする。

マラルメ全集I 詩・イジチュール / ステファヌ・マラルメ
マラルメ全集I 詩・イジチュール
  • 著者:ステファヌ・マラルメ
  • 編集:松室 三郎, 菅野 昭正, 清水 徹, 阿部 良雄, 渡辺 守章
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:単行本(284ページ)
  • 発売日:2010-05-13
  • ISBN:4480790012
内容紹介:
存在の極限に紡がれた"詩"、哲学的小話「イジチュール」、深い謎につつまれた「賽の一振り」、さらに「エロディアード」「半獣神の午後」「アナトールの墓」など、マラルメの最重要著作を画期的な翻訳・註解によって読み開く待望の書物。

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プルーストの『失われた時を求めて』が世界で最も美しい小説であることに異論を唱える人はまずいないと思われる。しかし、その一方で、これほどに読まれない名作というのも珍しい。特に日本では。

その原因はやはり日本語とフランス語の構造的違いにある。関係代名詞や関係副詞を多用して、どこまでも続くプルーストの文体を、関係代名詞や関係副詞というものをもたない日本語で「読める」ようにするのは至難の技であり、これまで何人ものフランス文学者がこの試練に挑んだが決定的な成功には至らなかった。

ところが、二十一世紀に入り、二人の勇気ある訳者がこの難易度の高い試技に挑戦して、ともに見事にこれに成功した。つまり、『失われた時を求めて』を初めて通読可能な日本語に転換したのである。これにより、プルーストはようやく日本でも理解されるに至ったのである。

失われた時を求めて――スワン家のほうへI / プルースト
失われた時を求めて――スワン家のほうへI
  • 著者:プルースト
  • 翻訳:吉川 一義
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:文庫(528ページ)
  • 発売日:2010-11-17
  • ISBN:4003751094
内容紹介:
ひとかけらのマドレーヌを口にしたとたん全身につたわる歓びの戦慄-記憶の水中花が開き浮かびあがる、サンザシの香り、鐘の音、コンブレーでの幼い日々。重層する世界の奥へいざなう、精確清新な訳文。プルーストが目にした当時の図版を多数収録。

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失われた時を求めて〈1〉第一篇「スワン家のほうへ1」 / マルセル・プルースト
失われた時を求めて〈1〉第一篇「スワン家のほうへ1」
  • 著者:マルセル・プルースト
  • 翻訳:高遠 弘美
  • 出版社:光文社
  • 装丁:文庫(468ページ)
  • 発売日:2010-09-09
  • ISBN:4334752128
内容紹介:
色彩感あふれる自然描写、深みと立体感に満ちた人物造型、連鎖する譬喩…深い思索と感覚的表現のみごとさで20世紀最高の文学と評される本作。第1巻では、語り手の幼年時代が夢幻的な記憶とともに語られる。豊潤な訳文で、プルーストのみずみずしい世界が甦る。

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(初出:WATERRAS BOOK FES 2019)
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