コラム

林 芙美子『放浪記』(新潮社)、宮本 常一『忘れられた日本人』(岩波書店)、甘糟 幸子『野の食卓』(中央公論新社)

  • 2020/02/01

散歩に持っていく本

散歩は家事と並んで仕事の中仕切りである。仕事が一つ終わると、立ち上がってクチュクチュとガス台を拭いたり、ポケットに文庫本を入れ町に出る。こうすると憑き物が落ちて身が軽くなる。

幸い、歩いて楽しい道と、座って本をよむ窪みには恵まれた町である。持って歩く本は古今東西いろいろだけれど……。

中学生のとき買って三代目の林芙美子『放浪記』(新潮文庫)。フミコさんはお腹をすかせて根津の町を歩いていた。

米を一升買いに出る。ついでに風呂敷をさげたまま逢初橋の夜店を歩いてみた。剪花屋、ロシヤパン、ドラ焼屋、魚の干物屋、野菜屋、古本屋、久々で見る散歩道だ。

いまと同じ就職氷河期にあえいでいた二十年前の私は、フミコさんとともに歩き、いせいよく悪態をつくことで、どんなに心の飢えをいやしただろう(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1995年頃)。

放浪記 / 林 芙美子
放浪記
  • 著者:林 芙美子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(571ページ)
  • 発売日:1979-10-02
  • ISBN-10:4101061017
  • ISBN-13:978-4101061016
内容紹介:
第一次世界大戦後の困難な時代を背景に、一人の若い女性が飢えと貧困にあえぎ、下女、女中、カフェーの女給と職を転々としながらも、向上心を失うことなく強く生きる姿を描く。大正11年から5年… もっと読む
第一次世界大戦後の困難な時代を背景に、一人の若い女性が飢えと貧困にあえぎ、下女、女中、カフェーの女給と職を転々としながらも、向上心を失うことなく強く生きる姿を描く。大正11年から5年間、日記ふうに書きとめた雑記帳をもとにまとめた著者の若き日の自叙伝。
本書には、昭和5年に刊行された『放浪記』『続放浪記』、敗戦後に発表された『放浪記第三部』を併せて収めた。用語、時代背景などについての詳細な注解を付す。

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よく持って歩くのは詩集と聞き書きの本。宮本常一『忘れられた日本人』(岩波文庫)はお寺の境内で読むといい。盲目のバクロウが「かわいがったおなごの事」を語る「土佐源氏」。

「女ちうもんは気の毒なもんじゃ。女は男の気持になっていたわってくれるが、男は女の気持になってかわいがる者がめったにないけえのう」

お地蔵様に陽が当たる。セルロイドの風車はからからと回り、日陰が刻々うつろう。語りの声が耳底にかすかに響く。

忘れられた日本人  / 宮本 常一
忘れられた日本人
  • 著者:宮本 常一
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:文庫(334ページ)
  • 発売日:1984-05-16
  • ISBN-10:400331641X
  • ISBN-13:978-4003316412
内容紹介:
昭和14年以来、日本全国をくまなく歩き、各地の民間伝承を克明に調査した著者(1907‐81)が、文化を築き支えてきた伝承者=老人達がどのような環境に生きてきたかを、古老たち自身の語るライフヒストリーをまじえて生き生きと描く。辺境の地で黙々と生きる日本人の存在を歴史の舞台にうかびあがらせた宮本民俗学の代表作。

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町の植物を覚え、あわよくば食べたい。甘糟幸子『野の食卓』(中公文庫)が頼り。秋はおいしい草はないけれど、墓地でむかごを取ってご飯に炊く。キンモクセイの木に傘をさかさにぶらさげ、ゆすって花をいただき、お酒につけることもこの本に教わった。こういうとき、私は「別の場所へではなく、別の時間に」歩いているのである。

野の食卓 / 甘糟 幸子
野の食卓
  • 著者:甘糟 幸子
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(209ページ)
  • 発売日:1983-03-10
  • ISBN-10:4122010101
  • ISBN-13:978-4122010109

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【このコラムが収録されている書籍】
深夜快読 / 森 まゆみ
深夜快読
  • 著者:森 まゆみ
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:単行本(269ページ)
  • 発売日:1998-05-01
  • ISBN-10:4480816046
  • ISBN-13:978-4480816047
内容紹介:
本の中の人物に憧れ、本を読んで世界を旅する。心弱く落ち込むときも、本のおかげで立ち直った…。家事が片付き、子どもたちが寝静まると、私の時間。至福の時を過ごした本の書評を編む。

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初出メディア

初出媒体など不明

初出媒体など不明 1993年~1996年

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