書評

『山之口貘詩集』(岩波書店)

  • 2018/01/25
山之口貘詩集 / 山之口貘
山之口貘詩集
  • 著者:山之口貘
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:文庫(256ページ)
  • 発売日:2016-06-17
  • ISBN-10:4003120515
  • ISBN-13:978-4003120514
内容紹介:
書籍問屋の荷造り人、ニキビ・ソバカス薬の通信販売員、職業紹介所職員など様々な職業を転々としながら、ユーモアにみちた、滋味掬すべき詩を書き続けた詩人山之口貘(1903―63)の詩152篇を精選。結婚願望や貧乏生活、あるいは故郷沖縄のなつかしい風景やビキニ核実験を描いたものなど、誰からも「貘さん」と親しげに呼ばれた詩人の精髄。

詩集は詩人が心血をそそいだ成果だ

沖縄生まれの山口重三郎が県立中学を中退して上京したのは、大正十一(一九二二)年のこと。十九歳だった。翌年、関東大震災に遭い、帰郷。二十二歳のとき、再度上京。このときペンネーム「山之口貘(ばく)」と定めた。つまりは自分の運命を選びとったわけだ。そして以後は貘のように生きた。

人は米を食っている
ぼくの名とおなじ名の
貘という獣は
夢を食うという(「世はさまざま」)

人間の貘は夢では生きられず、さりとて米にありつけず、放浪と貧乏つづき。そのなかで詩を書いた。なぜって人間貘には詩が要るからだ。「かなしくなっても詩が要るし/さびしいときなど詩がないと/よけいにさびしくなるばかりだ」(「生きる先々」)

沖縄には三十四年帰らなかった。詩は四十年書きつづけた。

野良犬・野良猫・古下駄(げた)どもの
入れかわり立ちかわる
夜の底(「襤褸(ぼろ)は寝ている」)

詩が語るとおり、「ひらたくなって地球を抱いて」夜をすごした。その位置で見たからこそ、蹴っ飛ばされて宙に舞い上がった猫は

人を越え
梢を越え
月をも越えて(「猫」 講談社文芸文庫版)

神の座にまで届いたあげく、地上に降り立ち、きちんと四つ肢で歩くのだ。

四十年も詩を書いていて、総数はどれほどになるのだろう? まずは千、二千、数千篇に及ぶはず――いや、そうではないのだ。総計百九十七篇、おおかたが二ページに収まる短いものばかり。

生前、『思辨(しべん)の苑』『山之口貘詩集』『定本 山之口貘詩集』の三冊を出した。正確にいうと第一詩集に十二篇加えたのが二冊目の詩集で、これを長い時間かけて推敲(すいこう)して仕上げたのが『定本 山之口貘詩集』であって、実質的には一冊である。それから、以後の作品の推敲にかかり、し尽くせないまま死去したので、二冊目は死後一年目に出た。

風狂のマイナー詩人と目されていた。うれしいことに、いつのころからかファンがふえた。小・中・高の教科書や副読本に使われたせいであり、テレビの紹介もあるようだ。何よりも平易で、ユーモアがあって、たのしいからだ。

だが、少しでも真剣に日本語になじんだ人は、すぐにわかる。この平易さは、練りにねった上のもの、そのユーモアは微妙な言葉のハカリの上でミリ単位で揺れている。この点、詩人たちがもっとも敏感に秘密を見とっていた。「詩風は一見平易そのもののようだが、実際には推敲に推敲を重ねる一種のテクニシャン」(草野心平)。「……それほどに長時間、推敲を重ね、『またひとつ』の詩を書いた」(荒川洋治)

既刊がおおかた絶版のなかで、このたびの『山之口貘詩集』はタイムリーな出版だが、編集に大きな疑義がある。出典がほぼ定本ではなく『思辨の苑』なのはなぜだろう? 代表作の「猫」「座蒲団(ざぶとん)」「夜景」等は、行間ごとに広いアキを定めて、それが強力な効果をもっている。いっさい無視されたのはどうしてだろう。なぜ一篇ごとに改ページとしなかったのだろう。詩集は商品目録ではないのである。用語、措辞、構成、リズム、詩人が心血をそそいだ成果に対して、あまりにも心ないことではなかろうか。
山之口貘詩集 / 山之口貘
山之口貘詩集
  • 著者:山之口貘
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:文庫(256ページ)
  • 発売日:2016-06-17
  • ISBN-10:4003120515
  • ISBN-13:978-4003120514
内容紹介:
書籍問屋の荷造り人、ニキビ・ソバカス薬の通信販売員、職業紹介所職員など様々な職業を転々としながら、ユーモアにみちた、滋味掬すべき詩を書き続けた詩人山之口貘(1903―63)の詩152篇を精選。結婚願望や貧乏生活、あるいは故郷沖縄のなつかしい風景やビキニ核実験を描いたものなど、誰からも「貘さん」と親しげに呼ばれた詩人の精髄。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2016年7月10日

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