作家論/作家紹介

カルロス・フエンテス『アウラ』(岩波書店)、『セルバンテスまたは読みの批判』(水声社)

  • 2023/11/09

時間と空間を超え矛盾を弁証法的に統一する

京都の地下鉄ができたとき、ふと、フェリーニの描いたローマとメキシコ市、表層をはがせば現在とはおよそ異なる顔を現す都市、その二つを結んで走る地下鉄、地下都市の旅を想像した。ところが、そんな夢を可能にしてくれる作家がいる。メキシコのカルロス・フエンテスである。

SFばりのスケールと奔放さを備えた作品によって、彼は我々に時間と空間を超えた旅をさせてくれる。が、奇抜な構想やさまざまな言語実験を特徴とする彼の作品は、決して荒唐無稽ではない。それどころか、人文科学はもとより、社会科学、自然科学に至るまでの学問的知識に支えられた、したたかなものなのだ。こんど出た二つの邦訳も、時間的な隔たりとジャンルの違いはあるものの、やはり彼の特質を遺感なく示している。『孤独の迷宮』でオクタビオ・パスが試みたように、フエンテスもまたメキシコ人のアイデンティティの追求から始める。そのために、メキシコ市の仮面をはがし、縦穴を掘り、過去の時間を現在に甦らせる。訳書の『アウラ』(ALL REVIEWS事務局注:安藤哲行/訳、エディション・アルシーヴ刊)に収録された処女短編集「仮面の日々」において、彼はその作業をすでに開始している。メキシコ市の地下鉄に乗っていて、隣に座る客の顔を見たら、アステカの神だったと、そんなことがありそうな気にさせられるのが、「神々の語るままに」である。この作品で、主人公は、ホテルのエレべーターで地下へ下りたとき、まさにアステカの神々に遭遇する。また、蚤の市で見つけた神の石像を地下室に置いておいたら甦ってしまったという「チャック・モール」も、同一の発想に基づいている。

短編でありながら、彼の小説世界の核となるのが「トラクトカツィーネ」で、特に重要なのは、ここに、過去を現在のもう一つの相として見る彼の歴史観が現れていることだ。そして、フランス軍がメキシコを侵略した時期を扱うことにより、作品世界は一気に広がることになる。主人公が、友人から借りた屋敷で出会った老女、それは六十年前のフランドルから日ごと訪れる皇妃シャルロッテだった。日記体で書かれたこの短編を中編にふくらませたのが、「アウラ」である。怪奇幻想小説とも呼べるこの作品で、フエンテスは、現在形と二人称を用いることにより、過去と現在を相互浸透させている。それは具体的には、老女とその若さの精気が形をとった姪のアウラの間の可逆的変身によって表現される。

それに対し「火薬を作った男」では、過去から未来に向けて、カルペンティエールを彷彿とさせるような操作で時間を加速させ、物質文明の終焉と原始への回帰を描いている。一方、「ラ・トリゴリビアを擁護して」は、彼の大きな特徴である言葉への関心を示すもので、表題からして、一九二〇年代にカリブ海地域で、ジョイスやダダの影響下に生まれた言語遊戯による詩「ヒタンハフォラス」を思い出させる。また、この作品や、尻から蘭の生えてきた男の悲喜劇である「蘭の祈り」は、彼の政治への関心が強く現れた寓意的作品でもある。

Los dias enmascarados / The Masked Days / Fuentes, Carlos
Los dias enmascarados / The Masked Days
  • 著者:Fuentes, Carlos
  • 出版社:Continental Book Co Inc
  • 装丁:ペーパーバック(0ページ)
  • 発売日:1998-06-01
  • ISBN-10:9684110839
  • ISBN-13:978-9684110830

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フエンテス短篇集 アウラ・純な魂 他四篇 / カルロス・フエンテス
フエンテス短篇集 アウラ・純な魂 他四篇
  • 著者:カルロス・フエンテス
  • 翻訳:木村 栄一
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:文庫(240ページ)
  • 発売日:1995-07-17
  • ISBN-10:4003279417
  • ISBN-13:978-4003279410
内容紹介:
「…月四千ペソ」。新聞広告にひかれてドンセーレス街を訪ねた青年フェリーペが、永遠に現在を生きるコンスエロ夫人のなかに迷い込む、幽冥界神話「アウラ」。ヨーロッパ文明との遍歴からメキシコへの逃れようのない回帰を兄妹の愛に重ねて描く「純な魂」。メキシコの代表的作家フエンテス(1928‐)が、不気味で幻想的な世界を作りあげる。

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過去と現在、そこにさらに未来を加え、三つの時間を相互浸透させ、それに応じて人格を変身させる。そして現実をその総体として描くこと、つまり矛盾するものを弁証法的に統一することが、その後もフエンテスの一貫したテーマとなる。代表作の長編『我らの大地』はまさにそのテーマを、新旧両世界および来るべき世界にまたがる形で展開したものだが、『セルバンテスまたは読みの批判』は、著者によれば、「ある意味で『我らの大地』の分枝」であるという。

講義や討論会のテキスト、及び「スペインの時間」と題する新聞の連載記事を集めてまとめたこの本は、したがって、すでに邦訳のある評論集『メヒコの時間』と対をなすものともいえ、部分的には重なり合っている。セルバンテスとその作品を中心的なテーマとしながらも、時代背景の考察に多くのページがさかれているのが本書の特徴であるが、それは彼が、セルバンテスが二つの時代にまたがる作家であることを示すためである。

つまり、セルバンテスは、一義的な読みにより充足していた、叙事詩の世界に郷愁を感じると同時に、それを破壊しようとする、矛盾に満ちた存在だったというのだ。

この点ではジョイスも同様で、そこに二人の共通項がある。 「セルバンテスもジョイスも、みずからの作品の革命的素材をそこに依拠させるために、旧来の秩序を利用しなければならな」かったのである。「革新と以前の形式に対するしかるべき敬意との間の葛藤」、それを彼らは、作品のうちに「創造の批判を定着させる」ことによって克服する。こうして、「セルバンテスによる読みの批判が、一元的な読みとり、階級的な読みとり、叙事詩的読みとりを粉砕」する一方、「ジョイスによる記述批判が、個人的記述、自我の記述、単一的な記述」を破壊した結果、「近代のフィクションは、極端なまでに、さまざまな意図を総合し、みずからを認識する」に至る。

この本でフエンテスが主張していることは、エピグラフおよび本文に引用されているコシークの次の言葉に集約されているといえよう。すなわち、「弁証法的全体性は、矛盾とその発生の統一を、そして総体の創造を包含している。ただ各部分の相互作用によってのみ、全体が形成されるのである」。これこそフエンテスの小説の方法にほかならない。

セルバンテスまたは読みの批判 / カルロス・フェンテス
セルバンテスまたは読みの批判
  • 著者:カルロス・フェンテス
  • 翻訳:牛島 信明
  • 出版社:水声社
  • 装丁:単行本(141ページ)
  • 発売日:1991-12-01
  • ISBN-10:4891762624
  • ISBN-13:978-4891762629
内容紹介:
現代メキシコ最大の小説家が、近代的な意味における「小説」そのものの創始者にしてその変革者セルバンテスを、その時代的文脈において、そしてとりわけジョイスを初めとする現代の文化的冒険との関連において論じるとともに、読むこと=書くことの根源的な批判を企図した。極めて今日的なセルバンテス論の白眉。

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朝日ジャーナル(終刊)

朝日ジャーナル(終刊) 1982年11月26日号

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