書評
『テラ・ノストラ』(水声社)
メキシコ成立の神話的物語
本書は「旧世界」「新世界」「別世界」の3部からなる。ページの展開順にこの構造をまとめ直せば、別の3部構成になる。まずは一番の外枠(最初と最後の章の舞台)に、執筆当時からみれば近未来1999年のパリがある。その内側に、小説内でただ「セニョール」とのみ呼ばれるフェリペ2世の、エル・エスコリアル宮(修道院、墓所、王宮、文書館などを兼ねる建造物)建設の野望をめぐる、おどろおどろしくもスカトロジックな無数のエピソードがある。一番内側の枠は、「セニョール」の祖父(小説内では父)フェリペ美王の非嫡出子「巡礼者」が新世界に渡って経験する先住民たちの神話的世界である。入れ子構造になったこれら3つの枠を関係づけているのが、左右の足に6本の指を持ち、背中に十字の痣(あざ)という一種の聖痕を負った子供だ。20世紀にあっては90歳を超える老婆(ろうば)から生まれたばかりの赤子で、16世紀にはフェリペ美王の非嫡出子として、長じて「巡礼者」やドン・フアンなどになる。
ドン・フアンとはスペイン文学が誇る架空のプレイボーイだ。セレスティーナという人物も3つの世界を繋(つな)ぐ存在だが、彼女もまた、架空の人物。フェルナンド・デ・ロハスの戯曲形式の小説『ラ・セレスティーナ』(1499年)の主人公だ。ドン・キホーテまで登場する本書では、つまり歴史上の人物と文学史上の人物がフエンテス自身の創作になる人物と時空を超えて関係を持つ。
セレスティーナに子供を託されたポーロ・フェーボは最終章で語りを引き継ぎ、同時代のラテンアメリカ作家たちが産み出した人物たちのポーカーに立ち会う。これは作家からの仲間たちへの目配せというよりは、むしろ歴史とフィクションとの関係に関するフエンテスの思想表明とみるべきだろう。ハプスブルク家のスペイン帝国によって運命を決定されたメキシコに生を受けた者として、スペインの歴史を書き換え、フィクションにくるみ、歪(ゆが)め、いわば復讐(ふくしゅう)しているのだ。「我らが大地」スペインに。
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