内容紹介

『百年の孤独』(新潮社)

  • 2019/05/26
百年の孤独 / ガブリエル・ガルシア=マルケス
百年の孤独
  • 著者:ガブリエル・ガルシア=マルケス
  • 翻訳:鼓 直
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(492ページ)
  • 発売日:2006-12-01
  • ISBN-10:4105090119
  • ISBN-13:978-4105090111
内容紹介:
蜃気楼の村マコンド。その草創、隆盛、衰退、ついには廃墟と化すまでのめくるめく百年を通じて、村の開拓者一族ブエンディア家の、一人からまた一人へと受け継がれる運命にあった底なしの孤独は、絶望と野望、苦悶と悦楽、現実と幻想、死と生、すなわち人間であることの葛藤をことごとく呑み尽しながら…。20世紀が生んだ、物語の豊潤な奇蹟。

愉悦の小説紹介:書き出しから引き込まれる小説

頂上の作品

日本のある批評家によれば、世界の小説は『百年の孤独』以前とそれ以後に分けられるとのこと。中国にもロシアにも、アメリカ合衆国にも日本にも、世界中いたるところに、『百年の孤独』に衝撃を受け、その影響を自覚的に吸収している作家たちがいる。世界を二分する分水嶺の頂上にあるというわけだ。その独特の語り口と突飛で非現実的なストーリーが、以後多くの追随者を産みだしたことは間違いない。世界の頂点のその小説がコロンビアの作家によってスペイン語で書かれたというのは、私たちにとっても鼻の高い話。スペイン語を学ぶ人間としてこれを読まないですませるわけにはいかない。

書き出しの魔術

だったら読めばいい。読み始めてみよう。この小説は書き出しが巧みだ。彼の語り口を取り入れた多くの追従者たちも、真似できないほどの巧みさだ。だからいったん読み始めたらとまらなくなるはず。こういう始まり方だ。

Muchos años después, frente al pelotón de fusilamiento, el coronel Aureliano Buendía había de recordar aquella tarde remota en que su padre lo llevó a conocer el hielo.
(Gabriel García Márquez, Cien años de soledad, Edición Conmemorativa, Real Academia Española / Asociación de Academias de la Lengua Española, 2007より引用)

長い歳月が流れて銃殺隊の前に立つはめになったとき、恐らくアウレリャノ・ブエンディア大佐は、父親のお供をして初めて氷というものを見た、あの遠い日の午後を思い出したにちがいない。
【ガブリエル・ガルシア=マルケス、『百年の孤独』、鼓直訳(新潮社、2006)より引用】

私たちはまだ「アウレリャノ・ブエンディア大佐」というのが誰なのか知らない。それなのにいきなり彼が「銃殺隊の前に立つはめに」なったことを知らされる。つまり、彼はむごい殺され方をして死ぬかもしれない。最初の一文から劇的な展開を予想させる文章だ。

小説世界の広さ

でも中には、結末を知ったら何もかも知ってしまった気になる人もいるかもしれない。犯人が分かったらもう推理小説は読む必要ないし、主人公が死ぬことが分かれば小説は読む必要ないと考える人がいるかもしれない。本当はそんな態度は小説を読むのにいちばん邪魔になるものだと言いたいところ。主人公が死ぬことが分かっても、どのように死ぬか、なぜ死ぬか、などを確かめるのが小説を読む楽しみなのだと言いたい。

でもそれ以前に、『百年の孤独』に関しては、次のことを言っておこう。この「銃殺隊の前に立つはめになった」とき、ブエンディア大佐は死なないし、そこで小説は終わらない。だいたい、アウレリャノ・ブエンディア大佐はこの小説の主人公ですらないのだ。

アウレリャノが大佐になるのはやっと5章の最後のページで、この「銃殺隊の前に立つはめに」なるエピソードが語られるのは7章の半ば。全部で20章ある『百年の孤独』の、それはごく一部に過ぎない。それなのにその間、彼は「三十二回も反乱を起こし」、「十四回の暗殺と七十三回の伏兵攻撃、一回の銃殺刑の難をまぬかれ」、生きた神話と化したあげく、結局は「老衰で亡くなる」ことが告げられる。こんな魅力的で劇的な人物に10分の1にも満たないスペースしか与えられない小説の提示する世界が、いかに広いか推し量られるというもの。この広い世界こそが、実はこの小説の「主人公」と言っていい存在だ。

マコンド

この広い世界はマコンドという名前だ。『百年の孤独』はマコンドの創始者一族の6代ばかりにわたる人々の年代記だ。土を食べ続けた少女や死ぬときに流した血が町中を駆け巡って母親のところまで達した青年、最後にはシーツにくるまって天に昇っていった美少女など、みな魅力的でアウレリャノに負けず劣らず非現実的な人々だ。そんな人々の住むマコンドの創始者はアウレリャノの父親ホセ・アルカディオ。冒頭でアウレリャノに氷を見せに連れて行ったと告げられる人物。

ところで、これもおかしな話だ。人は氷をわざわざ父親に連れられて行って初めて見るものなのだろうか? その疑問に答えるように、上の引用文のすぐ後からはマコンドについての記述が始まる。そこには、「名前のないものが山ほどあって、話をするときは、いちいち指ささなければならなかった」とのこと。ううむ……それにしても、指さしで会話をしなければならない社会っていったい……? こうした不思議な思いにとらわれるから、私たちはもう『百年の孤独』を手放せなくなるという次第。読まずにはいられないのだ。読めばそこに暮らす人々以上に、不思議なマコンドのあり方に、すっかりとりこになるにちがいない。
百年の孤独 / ガブリエル・ガルシア=マルケス
百年の孤独
  • 著者:ガブリエル・ガルシア=マルケス
  • 翻訳:鼓 直
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(492ページ)
  • 発売日:2006-12-01
  • ISBN-10:4105090119
  • ISBN-13:978-4105090111
内容紹介:
蜃気楼の村マコンド。その草創、隆盛、衰退、ついには廃墟と化すまでのめくるめく百年を通じて、村の開拓者一族ブエンディア家の、一人からまた一人へと受け継がれる運命にあった底なしの孤独は、絶望と野望、苦悶と悦楽、現実と幻想、死と生、すなわち人間であることの葛藤をことごとく呑み尽しながら…。20世紀が生んだ、物語の豊潤な奇蹟。

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NHKラジオまいにちスペイン語

NHKラジオまいにちスペイン語 2009年4月号

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