書評
『わが悲しき娼婦たちの思い出』(新潮社)
トヨザキ的評価軸:
「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
◎「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
語り手は四十年にわたって新聞社の外電記事を担当し、今は日曜版で人気コラムを執筆している〈私〉。一度だけ結婚寸前までいったのですが、式当日に逃げ出して破談になって以来、性的な欲望は娼婦か、長年身の回りの世話をしてくれている使用人で処理し、商売女でない女性と関係を持った時も必ず金を渡すようにしてきたという、本物の愛を知らないエゴイスティックな老人です。さて、そんな〈私〉が以前よく世話になった娼家の女主人ローサの手引きで、望み通り十四歳の乙女を手に入れることになります。ところが、彼女は睡眠薬で眠らされており、〈私〉は添い寝をするだけで、何もせずに帰ってしまうんですの。その後も会うたびに、なぜか少女はぐっすり眠らされていて、やがて彼女をデルガディーナと名づけた〈私〉は、自分がこの長い生涯で初めての恋に落ちたことを知るのですが――。
現実と幻想を混淆させる神話的スケールの物語を、重層的な語りで描く『百年の孤独』(新潮社)といった傑作で知られるガルシア=マルケスなのですが、この小説に、往時の耳を聾するほどポリフォニックな声を聴くことはできません。とはいえ、川端康成の『眠れる美女』(新潮文庫)に触発されて書いた作品ながらも、死の予感漂う隠微なエロティシズムを漂わせた川端作品とちがって、祝祭感が強いのは、やはり老いてもマルケスはマルケスと言うべきでありましょうか。
とにかく〈私〉が元気。九十歳でもセックス可能なんですのっ。回想シーンにおけるヰタ・セクスアリスといい、〈心臓は何事もなかったし、これで本当の私の人生がはじまった。私は百歳を迎えたあと、いつの日かこの上ない愛に恵まれて幸せな死を迎えることになるだろう〉という多幸感丸出しの結末といい、全体のトーンが明るいのも特徴的。マルケスは老人を弱者としてではなく、未来ある者として描いているんです。その意味で、高齢化社会にぴったりの小説ともいえましょう。でも、男の願望充足小説として読むとちょいバカ。従来のマルケスワールドを期待して読んだわたしにとっては、ガッカリの一作だったんであります。
【この書評が収録されている書籍】
「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
◎「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
明るいトーンで描く高齢化社会にぴったりの小説
やや、老いましたぞっ、ガルシア=マルケスが。マジック・リアリズムの総本家ともいうべき、このノーベル賞作家が七十七歳の時に書いた『わが悲しき娼婦たちの思い出』は〈満九十歳の誕生日に、うら若い処女を狂ったように愛して、自分の誕生祝いにしようと考えた〉なんて扇情的な一文から幕を開けるわりには、物語の厚みといい、そこで聞かせる声といい、精力絶倫とは言い難い小品なんですの。語り手は四十年にわたって新聞社の外電記事を担当し、今は日曜版で人気コラムを執筆している〈私〉。一度だけ結婚寸前までいったのですが、式当日に逃げ出して破談になって以来、性的な欲望は娼婦か、長年身の回りの世話をしてくれている使用人で処理し、商売女でない女性と関係を持った時も必ず金を渡すようにしてきたという、本物の愛を知らないエゴイスティックな老人です。さて、そんな〈私〉が以前よく世話になった娼家の女主人ローサの手引きで、望み通り十四歳の乙女を手に入れることになります。ところが、彼女は睡眠薬で眠らされており、〈私〉は添い寝をするだけで、何もせずに帰ってしまうんですの。その後も会うたびに、なぜか少女はぐっすり眠らされていて、やがて彼女をデルガディーナと名づけた〈私〉は、自分がこの長い生涯で初めての恋に落ちたことを知るのですが――。
現実と幻想を混淆させる神話的スケールの物語を、重層的な語りで描く『百年の孤独』(新潮社)といった傑作で知られるガルシア=マルケスなのですが、この小説に、往時の耳を聾するほどポリフォニックな声を聴くことはできません。とはいえ、川端康成の『眠れる美女』(新潮文庫)に触発されて書いた作品ながらも、死の予感漂う隠微なエロティシズムを漂わせた川端作品とちがって、祝祭感が強いのは、やはり老いてもマルケスはマルケスと言うべきでありましょうか。
とにかく〈私〉が元気。九十歳でもセックス可能なんですのっ。回想シーンにおけるヰタ・セクスアリスといい、〈心臓は何事もなかったし、これで本当の私の人生がはじまった。私は百歳を迎えたあと、いつの日かこの上ない愛に恵まれて幸せな死を迎えることになるだろう〉という多幸感丸出しの結末といい、全体のトーンが明るいのも特徴的。マルケスは老人を弱者としてではなく、未来ある者として描いているんです。その意味で、高齢化社会にぴったりの小説ともいえましょう。でも、男の願望充足小説として読むとちょいバカ。従来のマルケスワールドを期待して読んだわたしにとっては、ガッカリの一作だったんであります。
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